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たとえば、こんな未来 【if ~ アスカ隊長とバレル隊長】


静まり返ったブリーフィングルーム内に、壇上に立ち、訓練内容の説明をするレイの落ち着いた声だけが響き渡る。
シンは、後ろ側の出入口付近に腕を組んで立ち、レイの淡々とした説明を、背筋を伸ばして熱心に聞く、パイロットスーツ姿の部下達の背中を見渡した。
今日は、アスカ隊とバレル隊の着任1年未満の、通称『ヒヨコ』達によるモビルスーツ合同訓練だった。各部隊、「赤」4名、「緑」4名ずつの計16名で、4班に分かれての模擬戦闘訓練となる。ルールは簡単だった──ペイント弾を装備したザクウォーリアへ搭乗し、撃たれた者は離脱する。制限時間内に、多く残っていた隊の勝ち。負けた隊は、ペイントで汚れた機体の清掃という罰が下る。
「──説明は以上だ。質問は?」
資料から目を離し、レイは無表情のまま、緊張するヒヨコ達へ鋭い視線を向けた。一瞬だけ、ブリーフィングルーム内の温度が下がったような気がして、シンはひっそりと苦笑いを浮かべた。
「質問がないなら、直ちに演習場へ移動せよ」
資料を小脇に抱え、レイがブリーフィングルームから出たその瞬間に、ヒヨコ達は、はああ、と大きく息を吐く。先程とはうって変った、彼らの弛緩した背中を見て、シンは思わず吹き出した。
「お前らさ、そんなにビビるなよ。あいつ、ああ見えて、結構繊細だからな。今のが聞こえてたら、傷つくぞ──たぶん」
シンは、苦笑いを浮かべたまま言う。
緊張から解放されたヒヨコ達の間から、微かな笑い声が洩れた。

演習場の司令室にレイと二人で籠り、モニターディスプレイに映されたモビルスーツの配置と戦況を確認する。
第2班、4機対4機の訓練で、残存勢力は、バレル隊4機、アスカ隊1機で負けは明白だった。第1班も、既に大敗を喫していた。
「──ああッ!イライラする」
シンはブーツの踵で床を蹴る。
「お前の隊は、チームワークがなっていない。個人の潜在能力は高いが、各々が勝手な動きをする。まあ、トップの性格と指導力の差というやつか。順当な結果だな。……シン、どこへ行く?」
「便所」
シンは一言だけ返して、司令室を出た。その足でモビルスーツの待機場へ向かい、一番手前のザクウォーリアへ向かって手招きをする。既に機体に乗り込んでいたパイロットは、コクピットハッチを開け、ウインチのワイヤーで地面へ降りて、ヘルメットを取り、シンに向かって敬礼した。
「代われ」
「はい?」
「オレが出る」
呆気にとられている部下をその場に残して、シンは、軍服のままザクウォーリアへ乗り込んだ。計器類をざっと確認し、ベルトを締め、第4班に紛れて待機する。
第2班に続き、第3班も、アスカ隊の最後の1機が撃たれて、負けた。
「3分で片付けてやる」
呟いて、シンは、スタートの合図と同時に、スロットルを全開にして高速レンジに入れた。
合図と共に凄まじいスピードで移動する14番機をモニターして、レイは目を細める。
『14番機……あの動き──シン!お前!何をしている!』
レイからの通信を聞き、演習場の、14番機以外の全てのザクウォーリアの動きが鈍った。
「何のことでありますかー?」
言いながら、シンは尚も高速移動を続け、脚が完全に止まっている敵方の一機に照準を合わせた。
「はい、1機撃墜」
コクピットハッチが赤く染まったのを確認して、シンは、レーダーで機影を捕捉する。
残り3機に囲まれ、射程圏内ギリギリのラインから、3機同時に狙撃してくるのを察知して、シンはスラスターを噴射させ、急激上昇してそれを回避──隙ができた3機へ向けて、ペイント弾を発射した。
「チッ、1機外したか」
シンは舌打ちをして、銃弾を回避した最後の1機の行方を捜す。
『──本当に、同じ機体?』
残った1機のパイロットの独り言が通信に乗ってコクピットへ届いた。
「あと1機……──ッ!後ろ!?」
機影に気付き、シンは即座に振り返る。遅かった──シンが奥歯を強く噛んだその瞬間に、コクピット内のモニターの画面が真っ赤に染まった。
残りの1機から発射された2発のペイント弾は、14番機のメインカメラとコクピットの位置を直撃していた。
「この──」
『シンッ!ビームトマホークを抜くな!部下を死なせる気かッ!この、馬鹿がッ!』
14番機の不穏な動きを逸早く察知したレイが、声を荒げる。
シンの機体が動きを止めたことを確認し、レイはひとつ溜息をついた。
『シン、お前の負けだ。速やかに離脱せよ』
先程とはうって変わった、レイの静かな声がコクピット内に響き、シンは舌打ちをした。
「──了解」
シンは大げさに息を吐き、
「覚えてろよ」
低く呟いて、ザクウォーリアのモノアイを、立ち尽くす勝利者へ向けた。

ブリーフィングルームへ戻り、壇上に立ったレイは、眉間に皺を寄せて大きな溜息をつく。
「馬鹿な闖入者のせいで状況が混乱したが、死人が出なかったのは幸いだった」
レイは『馬鹿』を強調し、鋭い光を放つ青い双眸を、後ろ側の出入り口付近に立つシンへ向けた。
「ところで──14番機を墜としたのは、誰だ?」
レイは、背筋を伸ばして真っ直ぐに前を見るヒヨコ達の顔を見渡した。
「……じ…自分であります」
真ん中の席に座っていた茶髪のヒヨコが、恐る恐る手を上げる。
「そうか──ザフトのスーパーエースを撃墜した気分は、どうだ?」
レイは、ふっと頬を緩め、口元に笑みを浮かべながら問うた。
「はいッ、サイコーであります!」
喜びを滲ませた声を上げる彼の背中を眺めて、シンは苦笑いした。
「バレル隊は、ここで解散。各々の任に戻れ。アスカ隊は機体の清掃──もちろん、隊長もだ。わかったか?」
「はいはい」
ヒヨコ達が返事をするよりも早く、シンが口を開く。
「返事は、一度だ」
「りょーかーい」
シンが首の後ろを揉みほぐしながら力の抜けた返事をすると、ヒヨコ達の間に微かな笑い声が洩れた。

ヒヨコ達が去ったブリーフィングルームに、静けさが訪れる。
「確か、あいつだったな」
レイは、資料の片付けをしながらぽつりと呟いた。
「何が?」
「着任してすぐに……伝説のエースパイロットの部隊に配属されて嬉しいと言っていたのを聞いた。第一志望はアスカ隊だったらしいがな」
「何でまた、オレ?」
「さあな、動きが派手だからじゃないか?」
「はぁ?意味わかんねえ──でも…伝説のエース、ねぇ……」
シンは天井を仰ぎ、はあ、と息を吐いた。
「大切なもの、全部守れなかったのに、伝説だなんて……」
「全部……無茶を言うな──だが、お前はそう言って、本当にすべてを守ろうとする……それが、お前の強さか」
「何言ってんだ?」
「別に。思ったことを口にしたまでだ」
レイは肩を聳やかし、唇の端っこで笑う。
「……しかし、アイツの操縦の仕方がお前と似ているということに気付いてはいたが……うかうかしていると、追い越されるな」
レイは顎に手を当て、微かに眉をひそめて呟いた。
「ああ、それ、オレも思った。銃弾を回避してから、オレの後ろに回り込むのがすごく速くて、正直、驚いた……まあ、赤だから当然なのかもしれないけどな」
着任1年未満のヒヨッコだと油断していたとはいえ、もしもあれが実戦だったなら、確実に死んでいただろう。シンは、先程の屈辱を思い出し、小さく舌打ちをした。
「それより、レイ、明日非番だろ?飲みに行かないか?」
「ああ、構わない。しばらく会えなくなるからな」
「なんで?」
「明後日から半年間、バレル隊は、マハムール基地勤務だ」
「聞いてねぇぞ」
「言っていないから、当然だろう」
レイは、しれっとした表情で答える。
「ああそうでした。お前はそういう奴だったよ。友達がいのない奴ってよく言われるだろ」
「何を、今さら──」
レイは頬を緩めて、薄く開いた唇の隙間から、ふっと息を吐いて笑う。
「じゃ、罰ゲームが終わったら連絡する」
シンはすれ違いざまに、同じ高さのレイの肩に、わざと自分の肩をぶつけた。
「わかった」
言いながらレイは振り返り、仕返しに、シンの太腿の裏をブーツの硬い爪先で蹴り上げる。
「痛えなっ!何すんだよ」
「先に手を出したのはお前だ」
レイは資料の束を小脇に抱えて、シンを一瞥し、微かに笑いながら背中を向けて立ち去った。

モビルスーツ格納庫には、ところどころ赤く染まったザクウォーリアが16機、整然と並んでいた。見渡して、シンが搭乗した14番機が一番汚れていることに気付き、舌打ちした。
「隊長!」
ヒヨコ達が背筋を伸ばし、敬礼する。シンは軽く手を上げて、それに応えた。
「引っかき回して、悪かったな」
シンは、訓練中に機体を奪ってしまった隊員に詫びる。
「いえ。伝説のエースパイロットの操縦技術と、バレル隊長の意外な一面が見られて、トクした気分であります」
「意外?……ああ、『シンッ!ビームトマホークを抜くな!部下を死なせる気かッ!この、馬鹿がッ!』ってやつか──今の、似てたろ?」
ヒヨコ達は腹を抱えて大笑いしながら、大きく頷いた。中には、脱力して、コンクリートの床に座り込んで肩を震わせている奴もいる。
「見た目ほど、レイは、クールでも無関心でもないってことさ──よし!ちゃっちゃと終わらせて帰るぞ!」
シンが声を張ると、
「うっす!」
ヒヨコ達は、デッキブラシを高く掲げ、威勢の良い返事をする。
シンは上着とブーツを脱ぎ捨て、スラックスを膝まで捲り上げた。デッキブラシと高圧力のホースを握ってモビルスーツ整備用昇降機に乗り、上昇しながら、下の方で作業の準備をするヒヨコ達へ向かって水を撒き散らす。
慌てふためいて散り散りに逃げまどうヒヨコ達を見下ろし、シンは大笑いしながら、さらに水圧を上げ、しつこく彼らを追いたてた。







了[2008/3/6]


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