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レイは生きていた──崩壊した、メサイアのなかで。
しかし、彼の身体の、生命維持に必要な機能はとうのむかしに限界を迎えていて、起き上がることすら叶わなくなってしまっていた。
彼は今、プラント本国にある遺伝子研究機関の最高権威『メンデル』の付属病院に収容され、生命維持装置に繋がれたまま日々を送っている。
病院で、彼がナチュラルであることを初めて知らされたとき、オレは、泣いた。
アカデミーでの成績は常にトップであり、従軍し、トップガンであり続け、フェイスにまで上り詰めた。同期のコーディネーター達は、誰一人、彼を超えることはできなかった。
オレはコーディネーターではあったけれども、風邪を引かない以外は、ナチュラルと変わらなかった。血を吐くほどの努力と、誰にも向けることができなかった憎しみの中で、ただ貪欲に力を求め続けた結果、オレは、エースパイロットとして認められた。けれど、オレは、一度としてレイに勝てたことはなかった。
あの涼しい顔の裏で、彼は、どれほどの努力を重ね、孤独と戦ってきたのだろう。
彼がひとりで抱えてきた闇の深さを思い、オレは病室で、静かに眠る彼の顔を見ながら、暫く泣き続けた。
仕事を終え、レイのいる病室へ向かう。終戦から1年、いつの間にか、これがオレの日課になっていた。
白い扉を軽くノックする。返事は、ない。
このところ、レイは、眠っている時間の方が多くなった。見せたいものがあったんだけどな……。オレはひとつ溜息をつき、ベッドに横たわるレイの傍らに立った。
レイの命を繋ぐ透明な管が、戦時中よりも痩せた彼の身体をこの世界に縛り付ける。
つらくはないかと、まえに聞いたことがある。もしもその時、つらい──死なせてくれとレイが言ったならば、オレは迷わず彼の首に手をかけただろう。
だが、彼は言ったのだ。お前達と同じ世界で、最後まで生きていたい、と。
オレは、レイの額に掛かっている一房のプラチナブロンドをそっと払いのけた。
「……シ、ン?」
薄く目を開けたレイは、機械のモーター音よりも小さな声でオレの名前を呼んだ。
「悪い。起こしたな」
オレは、努めて明るい声で返す。
レイは、焦点の定まらない双眸で、じいっとオレの顔のあたりを見ていた。彷徨う視線は、かつての、威圧的で冷たいものではない。それが、余計にオレの胸をきつく締め付ける。
しばらくの沈黙の後、レイは一瞬、息をのみ、そして、かすかに笑った。
彼のなかに生じた違和感と、オレの姿が、ようやく頭の中で合致したのだろう。
「似合う、か?」
言いながら、オレは、己の心臓のうえのあたりを拳で軽く叩いた。
「ああ」
レイは、小さく頷く。
「いつ、から?」
「今日。レイにも、見せたかったんだ」
「アスカ、隊長……か。部下は、大変、だ、な」
「言うと思った」
オレは、レイが横たわるベッドの端に腰を下ろした。
「赤の方が似合うって言われたら、拗ねて、暴れてやるつもりだった」
「そん、なことは、な、い」
レイは、ほとんど握力の残っていない手で、オレの軍服の袖口を撫でた。
「初日からさあ、新人からいちばん敬遠されている部隊のランクが、ジュール隊を抜いてアスカ隊がトップになったっていう噂を聞かされたんだよな。初日から、だぜ?ありえねえだろ?」
「日頃の、行い……だ、ろう」
レイは、ふふっと笑い、大きく息を吐いた。口元を覆う酸素マスクの内側が、白く煙る。オレの顔を見ていたはずの青い瞳にも、陰りが差していった。
「じゃあ、レイ。また、明日な」
オレは手を伸ばし、レイの形の良い額にそっと触れた。
「……ああ。また、明日──」
レイはちいさく呟いて、静かに目を閉じた。
いつか──いつか、本当にお別れしなくてはならない日が来る。
でも、それは、今日じゃあ、ない。オレは深く息を吸い、そして、胸の奥に溜まってしまった苦みと共に、ゆっくりと吐いた。
「また明日、くるよ」
呟いて、ゆっくりと立ち上がる。
明日も、明後日も、その次も──レイが生き続ける限り、ずっと、オレは彼に会うためにここへくる。
生きることを選んだ君と、少しでも長く、一緒にいられることを願いながら。
了[2007/11/05]
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