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※所々、大嘘をかましている部分があります。見逃してやってください。
モルゲンレーテ第025ブリーフィングルーム──パイロットスーツに着替えたシンは、アスランと共に、改良型モビルアーマーの試験飛行要項に目を通していた。
「いつもの飛行ルートと、違いますね」
書類に目を落としたまま、シンは呟く。
「そうだな」
「山側、か。いつもの海ルートのが良かったですね」
「俺はどちらでも構わないがな」
アスランの言葉をかき消すように、機体整備完了のアナウンスが入った。
「行こう」
アスランはゆっくりと椅子から立ち上がり、ヘルメットを小脇に抱えてブリーフィングルームを出る。
シンも、彼の後に続き、エレベーターで地下格納庫へ向かった。
終戦から、5年──3年前にプラントからオーブへ移住し、オーブ軍人となったシンは、配属されたオーブ陸軍第05MS部隊の隊長であるアスランと共に、軍務に支障のない範囲で、モルゲンレーテで開発されているモビルスーツやモビルアーマーのテストパイロットをこなしていた。
シンはエレベーターの、綺麗に磨かれた扉に映る、軍服と似たカラーリングのパイロットスーツを身に纏った自分とアスランの姿を交互に見る。ミネルバで、アスランに突っかかってばかりだったあの日から、随分と遠いところまで来てしまったんだな──シンは、彼に気付かれないようにそっと苦い息を吐いた。
地下格納庫では、MA形態の改良型ムラサメが2機、空を舞うその瞬間を待っている。
シンとアスランは機体を点検して、乗り込む。機体用昇降機が動き、地表の離陸専用滑走路へ出た。ヘルメットを被り、エンジン始動、OSを起動させて、離陸許可を待つ。
先に、アスランの搭乗した機体が弾かれるように前進し、離陸した。
しばらく経ち、パネルに離陸許可のサインが出る。
「MVF-M11C-CO試作2番機──シン・アスカ、発進します」
パーキングブレーキを離し、スロットルを徐々に全開にして、離陸する。
大空へ飛び出すこの瞬間が、好きだった。過去のしがらみから解き放たれて、自由になることができる……たとえそれが一瞬だけであったとしても、構わなかった。
「良く晴れてんなぁ……」
シンは、雲ひとつない空を眺めながら、呟いた。時々、この空の向こう側にいる仲間達のことを考える。たまに、ルナマリアが連絡をくれるけれど、彼女の、変わらない声と話し方が心地良くて、いつも、電話の途中で眠ってしまう。
彼女とは、もう3年も会っていない。元気にしているだろうか?
前方に、アスランが操縦する機体を捉えた。
「目標を捕捉」
シンは、彼の機体へ72式高エネルギービーム砲の照準を合わせた。
『──シン!真面目にやれ!』
通信機を介して、アスランの怒号が飛ぶ。
「はいはい、申し訳ありませんでした」
『まったく』
アスランは、大袈裟な溜息をつき、速度を上げた。
「降下ポイントへ到達──高度、下げます」
アスランへ告げ、シンは徐々に高度を下げていった。
『了解』
アスランの機体が遠ざかっていく。
海とは反対側の、山側を飛行するのは初めてだった。岩肌が剥き出しの、狭い山間を慎重に飛行する。いつだったか、隊長命令で、真っ暗な坑道を突破させられたことがあった。
「それに比べたら、余裕だな」
『何がだ?』
「独り言、であります」
ふいに視界が開けた。
眼下に広がる金色の波に目を奪われ、シンは、暴走しかけた機体の体勢を慌てて整える。
「……麦、畑?」
遥か向こう──地平線のもっと先まで、途切れることなく広がっている金色の帯が、あたたかな陽光の粒をきらめかせながら、風を受けて、波のように揺らいでいる。オーブにこんな風景があったなんて、知らなかった。
『実験農場のようだな』
遥か上空で、アスランの機体が旋回する。
シンは通信回線を切り、細く息を吐いた。
「……こんな所で会えるとは思わなかった──レイ」
空の青と地表の金色──それは、良く知っている、とても懐かしい色だった。
レイの最期は、すべてアスランに聞かせてもらった。
どうして、あれほどの信頼を寄せていた人を、彼は撃たなければならなかった?
自分のことだけで精一杯で、決戦前夜に、秘密を告白し、新しい未来を託してくれた彼のことを、何ひとつわかってやれなかった。
いちばん、近くにいたのに──すぐ傍で、共に戦ってきたのに。彼のなかにあった葛藤に、気付くことさえできなかった。
「ごめん……。何もわかってやれなくて、ごめん」
ずっと心の奥のほうに引っ掛かっていたものが弾けて、頬を濡らした。瞬きをするたびに、大粒の雫が零れ、どうしようもなく胸が痛い。
「……生きたかったよ、レイ」
嗚咽を噛み殺して絞り出した声は、自分でも驚くほどに掠れていた。
「今、この世界で……一緒に生きたかった」
シンは、フェイスガードを上げて、目元を強く擦った。もうすぐ、アスランとの合流ポイントへ到達する。
シンは、思いきり鼻水をすすり、小刻みに息を吐いて呼吸を整えた。
「合流ポイントへ到達。旋回、上昇します」
回線を繋ぎ、アスランへ報告する。
シンは機体を最大限まで加速させ、機首を空へ向けた。インメルマン・ターン──頭上で、空の青と地上の金色が交錯する。
『途中で通信が途切れたようだが?』
「回線の調子が悪いみたいです」
『そうか。……随分、鼻声だな。風邪、引いてたか?』
「いえ……ただの鼻炎であります」
回線にのって、アスランの微かな笑い声が聞こえてくる。
「何でありますか?」
『すまない……。シン、モルゲンレーテに着くまでに、その顔、元に戻しておけよ』
「──は?」
『カメラがついていることに気が付いていないようだな。お前が切ったのは、音声回線のみ、だ。残念だったな』
首のあたりから耳の先まで真っ赤になっていくのがわかる。シンは操縦桿を強く握り、速度を上げて、アスランを追いかけた。
「撃ち落としてやる」
シンは、再び、アスランの機体を捕捉した。
彼の機体が速度を上げて旋回し、シンの機体の上空を舞い、ぴたりと背後につく。
『お前が先に行け。今度、妙な動きをしたならば、本当に撃墜するから覚悟しておけよ』
コクピット内にアラートが鳴り響いた。完全に、捕捉されている。
「ああ、わかりましたよ。付いてこられるもんなら、付いてきやがれってんだよ」
シンは、フェイスガードを下ろし、アスランを振り切るように速度を上げる。
『まったく……』
アスランは、呆れた声を洩らし、溜息をついた。
徐々に、モルゲンレーテが近づいてくる。
パネルに着陸許可のサインが出て、シンは慎重に、着陸専用滑走路へ降り立った。ヘルメットを取り、機体用昇降機まで機体を移動させる。
シンはゆっくりと機体から降りて、整備用のタラップを駆け上がり、翼の上に立った。つるりとした装甲に凭れて、アスランが着陸するのを待つ。
「──また、会いに行くよ」
高く澄んだ空を見上げながら、シンは呟いた。
轟音を響かせて、隣の離陸専用滑走路から、別のMAが大空へ飛び立つ。
シンは、白い翼に、夕方の橙色の光を反射させながら遠ざかっていく機体を、空に吸い込まれて見えなくなるまで、腕を組み、ぼんやりと眺めていた。
了[2008/02/05]
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