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【たとえば、こんな未来】 逆襲のバレルさん(仮) 【番外】


「オレ、官舎に戻って、軍服と当面の着替えを取ってくる」
皿とグラスをきれいに洗い、シンクの横の水切りに伏せながら、シンは、リビングのソファに座っているレイに、カウンター越しに話しかける。
「わかった。……首の痣は、隠して行けよ」
「あ、そっか……。レイ、シャツを借りていいか?」
「構わない」
言いながら、レイはゆっくりと立ち上がり、リビングを出た。
黒いシャツを手にしてリビングへ戻ったレイは、それをシンへ放り投げる。
「サンキュ」
受け止めたシャツに袖を通し、袖の丈と肩幅を確かめるように、肩を回して腕を伸ばす。
「窮屈か?」
「いや、ぴったりだ。……レイも一緒に行く?官舎、入ったことないだろ?」
「ああ、行ってみたいな」
「じゃあレイも、首、隠した方がいいかもしれない。痣の色が、すげぇ痛々しいから」
「お前が噛みつくからだろう……」
「ごめん」
唇を尖らせて詫びると、レイは、薄く開いた唇の隙間からふっと息を吐いて笑い、少し待っていろと言って、シンに背中を向けて部屋を出て行った。




官舎の、広くてシンプルな玄関ホールに足を踏み入れると、ロビーにたむろしていた私服姿の6、7人が、一斉にこちらへ向かって敬礼する。
レイは反射的に背筋を伸ばし、立ち止まって敬礼した。シンは軽く右手を上げてそれに応え、レイの背中を押して足早にホールを抜ける。
「官舎住まいの士官はお前くらいだろう?……寛ぎたい場所に上官がいるのでは、彼らも窮屈で仕方がないな」
階段を昇りながら、レイは呟いた。
「窮屈……確かにな。でも、さっきのアレはレイがいたからだぞ──官舎では、オレに敬礼すんなって"命令"してあるからな」
「そうなのか……それは、悪いことをした」
申し訳なさそうに呟くレイの声を背中で聞きながら、シンは小さく笑った。
最上階の端の部屋の扉の前に立ち、鍵を開けて、レイを中へ促す。
独身者専用の官舎は、ベッドと机をはじめとする生活に必要な家具や電化製品はすべて備え付けられていて、自分の物といえば、衣類と洗面道具、シーツとブランケットくらいのものだった。
「懐かしいな」
ワンルームの狭い部屋を見渡しながら、レイは口元に手を当て、くくっと喉を鳴らして笑う。
「何が?」
「物は少ないくせに、雑然とした感じが……」
「はいはい、どうせ片付け下手だよ」
入口で立ち止まっているレイの背中を押して、シンは部屋の奥へ向かい、バルコニーへ続く足元までの大きさの窓を開け、籠もった匂いがする部屋の空気を外へ逃がす。
「すぐに準備するから、適当に座っててくれ」
「ああ」
レイがベッドに腰を下ろすのを見届けてから、シンは彼に背中を向けて、クローゼットの扉を開け、中の衣類を物色する。軍服とブーツ、ジーンズ、Tシャツ、下着類……それから──
大きな鞄に荷物を詰め込んでいると、背後で、ぱらぱらと雑誌を捲る音が響いた。
(……あれ?)
小さな違和感が胸をよぎり、シンは眉を寄せて、首を傾げる。
(あんなところに、雑誌、置いてたか?)
シンは、ちらりと後ろを見た。ベッドの端に腰を下ろしたレイは、手を顎に当てて、まるで専門書でも読んでいるかのような難しい顔で、膝に乗せた雑誌に見入っていた。
「レイ?」
荷物を詰め終えたシンは、レイの傍らへ歩み寄り、彼が熱心に読み耽っている雑誌を横からそっと覗き込む。レイの膝の上には、大胆に足を開き、挑発するような視線をこちらへ投げている金髪の美人のピンナップ(無修正)が広げられていて、シンは目を剥いた。
「──レイ!お前ッ!何読んでんだよッ!?」
「エロ本……ベッドの下に落ちていた」
レイは、しれっとした表情のまま言って、ぱらぱらとページを捲っていく。
「隠してたんだよ。もー……勝手に拾うなよ」
顔に熱が集中していくのを感じながら、シンは、持っていた鞄を足元に投げ捨て、レイの手から雑誌をひったくった。
「……"渚の金髪ッ娘☆大特集"……"#$%&《ピー》で@*!#《ピー》な金髪巨乳娘100連発"……なるほど……お前の好みは、把握した」
レイは、背後に積んだ雑誌を後ろ手に取り、表紙の煽り文句を、低い、クールな声で読み上げていく。彼は、ご丁寧に、ベッドの下に隠してあった本をすべて集めて、身体の後ろに隠すように積み上げていたらしい。
「ちっ……違ッ!……それは、たまたま……いや、好きなのは否定しねぇけど……。とにかく、返せッ!」
「ん?……こっちは清楚な感じだな。俺はこちらの方が好みだ」
「テメェ!触るなァ!──っつーか、わざとやってるだろ!?」
叫びながら、シンは、レイの手と背後の雑誌をすべて回収し、ブランケットの下に押し込んだ。
「変な汗、かいた……」
シンは大きく息を吐き、レイの隣に腰を下ろす。
「そんなに嫌がるとは思わなかった」
レイは、薄く開いた唇の隙間からふうっと息を吐いて笑い、こちらを見て、顔を僅かに傾ける。
「他の奴なら別にいいけど……レイに見られるのは……ちょっと、複雑……」
「そうか。すまなかった」
レイは肩を聳やかし、口元を歪めながら詫びた。
シンは顔を横に振り、ひとつ息を吐いて、見慣れた部屋をぼんやりと眺めた。開け放たれた窓から流れ込む心地良い風が、するりと肌を撫でていく。
「寂しいか?」
「うーん……ここは結構長かったから……少し寂しい、かな?……でも、明け渡すのは一月後だから、レイがいない時にでも、部下と部屋で飲んだりするさ」
「酷いな。俺は誘ってくれないのか?」
「一緒に飲みたいのは山々なんだけど……下剋上上等の潰し合いとか、気付いたら全員マッパで走り回ってるとか……馴染めるか?……」
「……無理だ」
「だろ?」
ふたり、顔を見合わせて、小さく吹き出すように笑う。
室内を流れていく風が、レイのプラチナブロンドを揺らし、ふいに、その毛先を摘まみたい衝動に駆られたけれど、一度触れてしまったら、己の中の欲求がどんどん膨れ上がっていくことがわかりきっていたから、シンは、その欲望をそっと胸の中へ押し戻した。
「帰るか」
「もう少し、いいか?」
レイは、涼しい風に弄ばれている髪をそっと押さえ、微かに笑う。
「いいよ」
シンは、そのまま後ろに身体を倒し、ベッドに背中を付けて天井を仰いだ。
隣に座るレイをちらりと見ると、彼は、片付いているとはお世辞にも言えない部屋の隅々に、昔を思い出しているかのような眼差しを向けていた。
シンは、ふうっと息を吐いて笑い、目を閉じる。

遠くの方で誰かが談笑するかすかな声が、風に乗って、室内を抜けていった。







了[2008/06/06]

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