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シャワールームの扉が開き、かすかな足音が響く。
ベッドの端が沈み、少しずつ、レイの重さが近付いてくる。ふいに髪を撫でられて、シンはびくりと肩を震わせた。
「そんなふうに緊張されると、こちらまで硬くなってしまう」
「……ごめん」
シンは薄く目を開けて、レイの顔を見上げた。レイはブランケットを捲り、シンと向かい合うように横たわる。青い目に真正面から捕えられ、シンは思わず視線を逸らした。レイは、ふっと息を吐いて笑い、手を伸ばして、シンの頭のうしろに触れ、襟髪を指に絡める。
シンは、恐る恐る視線を上げて、レイの頬に掛かるプラチナブロンドを一房だけ摘まみ上げ、軽く引っ張った。こちらへ向かって真っすぐに伸びた髪を辿るように視線を動かし、眉と目のかたち、鼻筋、唇や肌の質感、レイを形作る要素に、薄闇の中で瞬きもせずに見入る。
「どうした?」
レイは訝しそうに眉根を寄せた。
「……ん?……オトコマエだなと思ってさ」
「は?」
「レイの顔、こんなに間近でじっくりと観察したことなかったな……って──髪も眉も睫毛も、ぜんぶ金色で、青い目……女の子たちが"白ザクに乗った王子様"って騒ぐの、解かるような気がする」
「何だ、それは。……では、俺が王子ならば、お前は?」
「やんちゃ坊主に、ガキ大将だってさ──笑うなよ」
シンは、頬を緩めたレイの鼻を軽く摘まむ。
「すまない。だが、それが良いという人もいるだろう」
レイは、鼻に触れるシンの手を掴んで、そっと引き剥がした。
「そうなのか?」
「さあな……良くは知らない」
「えぇっ!?……なんだよ、それ。ぬか喜びさせるなよ」
シンが口を尖らせてぼやくと、レイは目を細め、捕まえたシンの手を口元に寄せて、指先に唇をあてた。
「少し、力が抜けたようだな」
「ん……ホントだ」
レイは、苦笑いを浮かべて呟くシンの頬を掌で包み込み、首筋から肩、胸から脇腹へと手を滑らせていく。腰に巻いていたバスタオルを解かれ、首を擡げつつあるものを直に撫でられて、シンは、思わず声を洩らした。
「男が──レイが欲しくてこんなふうになることに……たまに、戸惑うんだ。……異常…なのかなって……」
「確かに、"普通"ではないかもしれない。だが、今の俺達にとって、これはとても自然なことだ」
「そうだな……」
シンは小さく息を吐いた。
隣で横たわっていたレイが上体を起こし、ゆっくりと覆い被さってくる。シンは、シーツに背中をつけ、レイを見上げて、かすかに笑った。
レイは、腰に巻いていたタオルを解いて、シンの顔の横に両手を付き、徐々に身体を沈め、肌を密着させていく。シンは脚を軽く開き、レイの腿に、内腿をそっと寄せた。
「重いか?」
胸と胸を合わせ、両肘で上体を支えたレイは、シンの頬に唇を寄せて問いかける。
「全然……包まれてる感じがして…落ち着く、かも」
レイは小さく頷き、シンの額に触れて、厚く被さっている前髪を後ろへ流した。
あたたかくて柔らかいものが、額から鼻のあたま、両の瞼と頬に押し当てられ、シンは、ぎゅっと目を閉じた。唇を塞がれて、薄く開いた隙間から、熱くぬめったものが口内へ侵入する。シンは手探りでレイの頬に触れ、侵入してきたぬめりに舌を絡めた。レイのゆるやかなリードに合わせて、舌と唇を味わっているうちに、柔らかく湿った感触と、彼の匂いと息遣いに蕩けてしまいそうになる。
「……ん…ぅ、っ」
舌の先と全体を器用に使って口の中を丁寧に舐め回され、シンの鼻から甘い息が抜けた。
潤んだ音を立てて唇を離し、レイは、シンの頬に唇を寄せ、触れる場所を僅かにずらしながら首を伸ばして耳朶に軽く歯をあてた。
「あ…っ……」
シンの首の後ろが、ざわりと粟立つ。耳の形をなぞるように蠢く舌と、口を動かすたびに聞こえてくる潤んだ水の音、耳元を掠める吐息と呻きが、頭の中で大きく響き、シンは、レイの背中に縋りつくように手を回し、彼の腰に脚をきつく絡めた。
「…はっ……ん…っ……ん、ん…っ」
片方の耳をおもうさま愛撫した後、レイは、シンの顎を上へ向けさせて、顎の骨の形をなぞるように、唇と舌を這わせる。
「んっ……ぁ…っ……」
顎を這っていたレイの唇がもう片方の耳に辿り着き、シンは再び、彼の気が済むまで続く敏感な部分への愛撫に翻弄され、上擦った声を上げて、次第に昂っていく身体を捩った。
レイは耳元に熱い息を吐きかけてシンの耳を責めから解放し、乱れた髪をかき上げて、薄く目を開けたシンと視線を合わせて微かに笑った。
「どうした?」
薄く口を開けたまま、ぼんやりと顔を眺めるシンに、レイは首を傾げ、問う。
「……見たことない顔、してる……。すっげぇ、メラメラしてて、ちょっと……怖い」
「そうか?……だが、お前はもっと凄かった」
「え?」
「あの時のお前の目を思い出すと、未だに、背中のあたりがゾクゾクする。……想像していた通り、お前は獣のように俺を求めて、こちらの事などお構いなしに、欲しいもの全てをさらっていこうとした」
レイは何かを思い出すように視線を流し、唇の端を上げた。
「ケモノ……?」
「そう……野生の──」
レイは、シンの首筋に顔を埋め、音を立てて皮膚を吸う。
「お前が変なこと言うから……ん…っ……、なんか……喰われてるみたいな……ぁ…っ……気、分になってきた」
喉元で、レイが微かに笑ったような気配がした──それと同時に、首に強く歯を当てられて、シンは呻き、顔を歪めた。
「あ…っ。……や、ぁ…っ……」
反射的にレイの肩を押し、突然、激しさを増した彼の愛撫から逃れようともがく。首の全体に噛みつくようなキスを落され、皮膚を強く吸われる痛みを感じながら、シンは背中を反らし、身体を震わせた。
「驚いたか?すまない」
「本当に……喰われるかと、思った」
シンはひとつ息を吐き、レイの頬に掛かるプラチナブロンドを指で梳き上げて、彼の首の後ろから背中にそっと触れる。
熱くて大きな手が肩から胸元を撫で、後から、唇と湿り気を帯びた舌がその軌跡を辿っていく。
「あっ……。……ん、ん…っ」
淡い色を点す胸の突起を口に含まれて、シンは、声を震わせた。
「…ぁあ、っ……ぅ…んっ……は、っ……あぁ…っ……」
レイは、片方の突起を親指の腹で弄びながら、もう片方を舌の先端で転がして、時々、強く吸いつく。
胸から腹にかけて丁寧に舐め上げられ、二の腕と腿の内側の皮膚の薄い部分を吸われて、断続的に訪れる甘い痺れが腰のあたりをちりちりと焦がした。
「ぅあ…っ……。そこ、は……イヤ…だ……っ」
ふいに、後ろの腔を舌先でつつかれて、シンは背中を震わせた。
いつの間にか脚を大きく開き、恥ずかしい部分の全てをレイの目の前に曝け出していたことに気付いたシンは、顔を真っ赤にして、彼を遠ざけようと肩を強く押し、身を捩る。
膝の裏に添えられたレイの手に力がこもり、膝を胸元へ寄せるように持ち上げられて、シンは小さな悲鳴を上げ、その手を引き剥がそうと、レイの腕を強く掴んだ。
抵抗するシンを一瞥し、レイは構わず、お尻の割れ目に舌を這わせ、鼻先に垂れ下がった二つの袋を交互に口に含み、舌で転がす。
「ん…っ……ふ…ぁっ……いや、だ……くすぐった……い」
足をばたつかせ、腰をくねらせてシーツの上を逃げるように擦り上がっていく身体は、口に含んでいたものを解放し、太腿をがっしりと抱え込んだレイの、シンが移動するよりも大きな力で、再び、彼の傍へ引き戻された。
レイは、シンの硬くなったものをそっと掴み、下腹部と先端を繋いだ先走りの透明な糸を舌の先で絡め取り、肌に付着した僅かな量の粘液を、掬うように丁寧に舐め取った。その舌の動きを盗み見ていたシンの顔に、また、熱が集中していく。
「ん…ぁっ……」
先端を温かな粘膜で包み込まれて、思わず声が洩れた。
先走った粘液をすべて掬い取ろうとする舌先の動きと呼応するかのように、内腿から足の先へ向かってぴりぴりと痺れが走る。シンはゆっくりと上体を起こし、脚の間に蹲るレイの髪を優しく撫でた。
男のものを咥えているレイの顔を見たいという欲望が沸々と湧き上がってきたけれど、以前、彼がとても嫌がったことを思い出し、シンは目を伏せて、彼の頭のてっぺんにそっと額を寄せた。
レイが顔を上下に動かすたびに、低い呻きと、いやらしく潤んだ響きが洩れ聞こえて、己のものが彼の口の中で更に熱を持ち、はちきれそうなほどに硬く膨らんでいくのがわかる。
「は…っ……そんなふうに吸われたら…出そう。……もう、いいよ……レイ」
シンは、額をレイの頭に擦り寄せて、呻き声と共に訴えた。
「一度、出しておけ」
シンのものから口を離し、顔を上げたレイは、微かに笑いながら囁く。
「……なんで?」
「これから先の行為は、お前にとって、ただ苦痛でしかない……かもしれない、から」
「じゃあ、……お前のカオ見ながら…イっていい?」
「気色悪い事を言うな。それに……その最中の顔を見られるのは……恥ずかしい」
「だめ、か……やっぱり」
諦めと共に呟き、シンは、レイの髪をそっと撫で、額に唇を寄せた。レイは大きな溜息をつき、両手で髪をかき上げて、上目遣いにシンを睨む。
「……今日だけ、特別だ」
「いいのか?」
顔を輝かせたシンを見て、レイは苦笑いを浮かべ、小さく頷く。
「それなら、見てるだけでイけそうな、すっげぇイイ顔してくれる?」
「馬鹿か、お前は」
レイは眉根を寄せて呟き、身体を沈めて、シンのものの先端に唇を寄せた。
シンは、レイの額と頬に掛かる髪を両手でそっと梳き上げ、顔を覗き込むように首を傾ける。レイは上目遣いにシンへ視線を送りながら、見せつけるように、ゆっくりと、舌先でシンのものの形をなぞっていく。奥の方に熱を宿し始めた青い目は、時折、こちらの反応を愉しんでいるかのように細められた。
「馬鹿とか言ってたけど……お前だって……思いっきりイイ顔作って、挑発してるじゃないかよ……ん…んっ……」
「サービス……今日だけだ──しかし……本当に恥ずかしいな、これは……」
顔を傾け、そそり立つものを横合いに咥えて、唇の端を微かに上げるレイの顔を食い入るように見つめ、シンは、ごくりと喉を鳴らした。
レイは目を伏せて、舌を裏側に這わせたまま舐め上げ、つるりとした先端を唇で挟み、舌の先を小刻みに動かし、くすぐった。
シンの限界まで硬く膨らんだものが、焦らすような舌の動きと共に、彼の口内へ咥え込まれていく。掴んだ根元を扱きながら、ゆっくりと顔を上下に動かして、レイはまた、ちらりとシンを見た。
「もう……ムリ……。目の、毒……」
シンは大きく息を吐き、レイの髪に触れていた手を離すと、プラチナブロンドの柔らかな毛先が、露わになっていた額と頬にはらりと落ちた。
次第に早まっていく手と口の動きが、シンを、更なる高みへと誘う。
「あっ、あ…っ……レ、イ…っ」
レイが与える刺激は、熱い痺れとなって腰のあたりを焦がす。シンは、レイの耳のあたりの髪を指で梳くように撫で、奥歯を強く噛み締めて、腰を捻り、断続的に身体を駆け抜けていく快感に耐えた。
「レイ……もう、イき…そ……。口、離して……」
腹の奥で、灼けた、どろどろとしたものが蠢く。
「ん…っ……レ、イ?……口…っ……離せ…。う、ぁっ……出る…っ」
背中を丸めたシンは、レイの耳元に顔を寄せ、掠れた声で訴える。レイは構わず、濡れた音を立てながら、限界ギリギリまで膨れ上がったシンのものに刺激を与え続けた。
「レイ…っ!離、せ…ってば……レイッ……ぁあ、っ」
シンは腰が抜けるほどの快感に身体を震わせ、出口を求めて管の中を勢い良くせり上がってきた、灼けた粘液をレイの口内へ迸らせた。
「あっ、んぁあ…っ……レ、イ…っ」
柔らかな粘膜に包まれたシンのものが、びくびくと痙攣するたびに、どろりとした粘液がレイの中へ注ぎ込まれる。
レイは目を細め、喉を鳴らして、口の中に放出された熱い精を飲み干した。
「……ぁ…っ」
管に残った粘液をすべて吸い出そうと蠢く口内の動きに、シンは、堪えきれずに声を洩らす。
「気持ち良かったか?」
小さな音を立てて口を離したレイは、シンの顔を見上げて微かに笑った。
「うん、良かった。けど……ごめん」
シンは詫びながら、レイの唇の端に付着した白いものを指先でそっと拭う。レイはその手に顔を寄せて、指先に残った精液を舌の先で掬い取った。
「寝転がって、楽な体勢に……」
シンは、レイに言われるまま、シーツに背中をつけて、天井を仰いだ。
「少しだけ、腰を上げてくれ」
浮かせた腰の下に素早く枕が敷かれ、シンはゆっくりとそれに腰をのせて、細く息を吐いた。
「脚を開いて、膝を曲げる……屈辱的なポーズだが……許せ」
「いいよ。お前だって、オレの前に晒してくれた。……これで、いいか……?」
「ああ。そのまま、楽に……痛かったら言えよ」
レイは、サイドボードの引き出しから、ローションと避妊具の包みを取り出し、シンの足元に膝をついた。
「……すげぇ…恥ずかしい」
「だろうな」
ローションをたっぷりと馴染ませたレイの指が、露わになったお尻の割れた部分をそっとなぞっていく。
「──あ…っ……」
シンは思わず声を上げ、眉根を寄せて、ぎゅっと目を瞑った。
他人には決して触れさせない場所をゆっくりとした手付きで弄られて、シンの背中が強張る。レイは、シンの太腿の内側にキスをしながら、後ろの腔を、指の腹で円を描くように解していく。
始めは冷たかったぬめりが体温と同じ熱さになる頃には、排泄する部分を起点として這い上がってくる細波が、シンの吐息を震わせはじめた。
くすぐったさと気持ち良さが入り混じり、胸の端っこに点った小さな不安が、少しずつ、大きく膨らんでいく。ここを許してしまったら、いったい、どこまで流されてしまうのだろうという懼れに耐えかねて、シンは恐る恐る、足元にいるレイへ視線を向けた。
「…あの……レイ…やっぱり……」
上擦った声で訴えると、
「やめておくか?」
レイは、後ろの腔を撫でていた手を止め、顔を傾けて優しく笑った。
嫌だと言ったら、やめてくれるのか──シンは小さく息を吐く。
この先、どこへ辿り着こうが、どこへ落ちようが、レイと一緒なら、怖くはないのかもしれない。シンは乾いた唇をそっと舐め、ごくりと唾を飲み下した。
「ううん……続け、て……レイ」
「いいのか?」
「……うん」
いいよ──声にならない息を吐き出し、シンは、ぎゅっと目を瞑った。
「少し、気持ち悪いかもしれない」
言いながら、レイは、後ろの腔に触れる指先に力を込めた。
「う……ぁあ」
異物が侵入する違和感に、シンは、縋るようにシーツを掴む。
「痛むか?」
レイの問いに、シンは目を瞑ったまま、顔を横に振る。
「どう…なってる?」
上擦った声で問うと、
「中指の第一関節まで、咥え込んでいる」
下の方から、レイの妙に冷静な声が響いた。
「変な言い方を…すんなっ」
「すまない」
レイは微かに笑いながら詫び、入口の内壁を擦るように、ゆるりと円を描きながら拡張していく。
少しずつ、少しずつ彼の指が中へ押し入ってくるのがわかる。シンは顎を上げて微かに口を開き、小刻みに息を吐いた。
「……ん…っ」
長い時間をかけて、レイの中指を根元まで咥え込み、シンの鼻から甘い声が抜ける。
目を閉じたまま、焦らすように抜き差しを繰り返すレイの指の動きのイメージを頭の中で反芻すると、先程まで力の抜けていたシンの中心が再び熱を持ち、硬く膨張していった。
「今、何本入っていると思う?」
レイは、シンの内腿の皮膚を軽く吸いながら、笑いを滲ませた声で、問う。
「……え?…1、本……?」
「不正解だ──数えてみろ」
レイは、内壁をくすぐるように、中に埋めた指を動かす。
「2…本……?嘘……いつの間に?」
「痛くはないか?」
「……大丈夫」
「ならば、試してみたいことがある」
「な……何?」
「射精するよりも、気持ちの良いことだ。だが、もし、痛みや不快感を感じたなら、言ってくれ」
「わかっ…た」
シンが頷くのを見届けてから、レイは、シンの中へ埋めた二本の指を軽く曲げ、何かを探すような手つきで、腹側の内壁を指の腹で丁寧に擦り始めた。
「──ひっ」
腹の底からじわじわと湧き上がる奇妙な感覚に、シンの腰がびくりと跳ね、高い声が洩れる。
「ふ、ぁあっ……なんだ、これ……」
強い快感の波が押し寄せ、シンは、シーツを強く握りしめて身を捩った。レイは指に力をこめて、同じ場所をしつこく責め立てる。
「あぁ…っ……、嫌……嫌だ……怖い──抜いて…抜いて、くれ……。あっ……ぁあ…んっ」
初めて経験する、射精するよりも強い快感と、腹の底から湧き上がってくる、得体の知れない奇妙な感情に胸のあたりが締め付けられて、大きく見開いた目から、ぼろぼろと涙が零れた。
「ぁああっ……いや…だ。うっ…ぁああ、っ……許して……苦し…い──気持ち…良すぎて……んっ……あ…んっ……苦……し…い」
レイの指の根元をきゅうきゅうと締め付けながら、シンは背中を反らして、絶え間なく押し寄せる快楽に耐える。
「…ぁ…ん。……はぁ…っ……もう……許して、くれ……。ん…んっ……お願い…許し、て」
シンはしゃくり上げながら、涙で滲む視界にようやくレイの姿を捉えて、哀願した。捻り放しの蛇口のように、後から後から零れる涙が、こめかみと頬を伝い、シーツを濡らしていく。
「許して…って、言って…る、だろ……。嫌い…だ。……お前…なんか、大…ッ嫌い、だ……」
途切れ途切れに叫びながら、シンは、痙攣する太腿に力をこめる。レイの肩を蹴り飛ばそうと勢いよく振り上げた脚は、あっさりとかわされ、むなしく空を切った。
「思った以上に反応が良くて、やりすぎてしまった。すまない」
レイは、シンの後ろの腔から指を抜き、身体を遠ざけようと振り上げられたシンの脚を抱え込み、そっと撫でた。
シンは嗚咽を洩らしながら、顔を背け、手の甲で濡れた頬を拭う。
「許して、くれ……シン」
捕まえた脚をベッドに下ろしたレイは、膝立ちでシンの傍へ移動し、目元を隠す手を掴み、指先に唇を付ける。
「お前が嫌なら、これ以上はしない……だから、許してくれ」
また、はじめて見る顔だ──慎妙な面持ちで詫びるレイを見上げて、シンは鼻水を啜りあげ、小さく吹き出すように笑った。
「怒ってねぇよ、オレ。あんな……すごく気持ち良いことされたの、初めてだったから……ごめん…怖くて、パニック起こしたみたいだ。でも、レイって……結構、ねちっこいのな」
「お前が良い声を出すから……もっと、聞きたくなってしまった。すまなかった」
「……キスしてくれたら、許してやるよ──怒ってねぇけど」
笑いながら言うと、レイはほっと息を吐き、シンの顔の横に両手を付いて、上体を沈め、触れるだけのキスをした。
「なあ、シン」
「どうした?」
「…本当に、いいのか?」
レイは顔を上げ、シンの目を真っすぐに見ながら問いかける。
「……いいよ。……大丈夫」
シンは、下から手を伸ばし、両腕をレイの首に絡めて、彼の身体を強く抱き寄せた。
「誰かに、全力で縋りたいなんて甘えたこと、もう、思っていないけど……でも、たまに、失った人たちのことを考えて、どうしようもない寂しさを感じて、何もかもから逃げ出したくなることがあるんだ。ずっと、一人で、こんな気持ちを引き摺って生きていくんだって、そう思ってた。……嬉しかったんだ。自分と同じくらい頑丈で、体温の高い奴が傍にいてくれて……一人じゃないって言ってくれることが……抱きしめてくれることが、嬉しかった」
胸と胸を合わせ、柔らかい髪に頬を擦り寄せて、レイの耳元で囁く。
「そう思ったらさ、たとえ痛くても、辛くても、レイと……心も体も全部ひっくるめて、もっと、もっと深い部分で繋がり合いたくなった。さっきは急に怖くなって、止めたいって言いかけたけど、もう大丈夫だから。だから……オレの中に入ってきてよ、レイ」
腕を緩め、レイと視線を重ねて、笑う。レイは小さく頷き、ゆっくりと顔を近付けて、柔らかな唇をシンの唇に押し付けて、軽く吸った。泣いたせいで鼻が詰まり、上手く呼吸が出来なくなったシンは、差し入れられた熱いぬめりに舌を絡めながら、僅かな唇の隙間から、喘ぐように呼吸する。
不格好に呼吸しながら深いキスを交わし、シンは、レイの肩に触れていた手を徐々に下の方へ這わせて、柔らかな繁みを、指先でかき回すように撫でた。そして、力の抜けかけたレイのものをそっと掴み、上下に手を滑らせていく。
「口で、してやろうか?」
濡れた音を立てて唇を離し、鼻先を寄せたまま、シンは問う。
「このままでいい」
レイは呟き、上下に動くシンの手に触れて、細く息を吐いた。レイと共に、手を滑らせる速度を上げるにつれて、彼の呼吸は浅くなり、手の中のものが硬く膨らんでいく。
「もう……いい」
レイは身体を起こし、膝立ちで、シンの足もとへ回り込む。避妊具の封を切る微かな響きを耳で追いかけながら、シンは、乱れた枕を腰の下へ当てなおし、膝を閉じて、もじもじと擦り合わせた。
レイの熱い手が膝に触れ、そっと割り開かれて、腿の間に彼の腰がおさまる。
「入れるぞ」
とろとろに解された後ろの腔に、熱く昂ったレイの先端を押し付けられて、シンは身体を強張らせて顔を背け、ぎゅっと目を閉じた。
「シン……息を詰めるな」
レイは優しく囁き、手を伸ばして、そっと頬を撫でる。恐る恐る彼の方へ視線を向けたシンに、触れるだけのキスをして、レイは微かに笑った。
「恐れなくてもいい……無茶はしない。約束する。だから、ゆっくりと呼吸してくれ」
シンは小さく頷いて、レイの肩越しに天井を見上げ、大きく息を吸い、吐いた。
「身体を、楽に……そう……そのまま…」
レイは、シンの呼吸に合わせて、ゆっくりと、少しずつ腰を進めた。指よりも遥かに太いもので後ろの腔を押し広げられていく違和感に呻き声を上げると、レイは動きを止め、腰を撫でながらシンの呼吸が整うのをじっと待つ。
覚悟を決めて、腰に触れるレイの手を握り、視線を合わせて小さく顔を縦に振ると、レイも、唇の端を微かに上げて頷く。
僅かに腰を進めては、しばらく止める。痛みにも不快感にも似た奇妙な感覚に顔を歪めて呻くと、レイは、進めていた腰を慎重に引く──時間をかけて、何度も同じ動作を繰り返し、繋がった部分が乾かないように、時々、ローションを垂らしながらゆっくりと挿入していった。
レイの下腹が結合した部分に触れ、彼は細く息を吐いた。
「全部、入った──痛むか?」
「……わからない」
シンは目を細めて、顔を横に振る。
「繋がっている部分に、触ってみろ」
手を引かれて、シンは、恐る恐る、後ろの腔に触れた。
「す…げ……ホントに、入ってる」
己の中に埋まっているレイのものの根元と、咥え込んでいる入口を、指先で円を描くようになぞり、顔を見合わせた。
「いざ、こうなると……やっぱり、照れる……」
シンは熱が集中していく顔を隠すように、口元に手の甲をあて、目を伏せる。レイは、シンの膝の裏に手を入れて、脚を大きく開かせた。
「少し、動くぞ」
シンが頷いたのを見届けて、レイは慎重に腰を引く。
「……うっ…ぁぁ…っ…」
シンはぎゅっと目を瞑り、シーツを強く握りしめて身を捩った。
「痛むのか?」
「平気……ちょっと、気持ち悪い、だけ……慣れたら、良く…なりそう……たぶん」
「我慢出来なくなったら、言えよ」
「……うん」
レイはゆっくりと腰を引き、埋めていた熱の塊を先端のギリギリまで引き抜いて、再び、緩慢な動作でシンの中に埋める。
同じ動作をゆっくりと繰り返されるうちに、引き攣れていた入口は次第に柔らかく解れ、シンは顎を上げて、色を纏っていく短い喘ぎとともに、震える息を吐き出した。
「良く、なってきたのか?」
レイの問いかけに、シンは答える代わりに大きく息を吐いた。レイの腰の動きが、徐々に加速していく。シンは、腹の奥の方でうねる快楽を逃がすように、浅く呼吸しながら、背中を浮かせた。
「──っ……ぁああ…っ」
ふいに、レイの指で散々弄ばれた部分に彼の先端があたり、シンは悲鳴を上げた。
「……また、嫌いだと言われるかもしれないが……お前に、もっと、気持ち良くなって貰いたいんだ」
レイは呟いて、シンの胸の横に両手を付き、身体の重さを慎重にそちらへ移していく。
シンは薄く目を開けて、レイを見上げた。手を伸ばし、顔を隠す髪をそっと梳き上げて頬に触れる。
「だから……嫌わねぇ、って。レイになら、何をされてもいい……好きに抱けよ」
言うと、レイは微かに笑い、身体を沈めて、シンの唇に触れるだけのキスを落とした。
「何をされてもいい……か。そう言ってしまったことを、後悔することにならなければいいがな」
笑いを滲ませた低い声を響かせながら顔を上げて、目を細めたレイを見たシンは、戦慄した。先程まではかろうじて残されていた、彼の瞳に宿る冴えた光は完全に消えて、代わりに向けられた熱に熟れた眼差しに、背筋が寒くなる。
「今、ちょっと後悔した……」
「もう、遅い」
レイは腰を引き、シンが一番感じていた場所に先端を当てて、擦る。
「ぁあっ……う、んっ……、はっ…ぁぁあっ……」
腹側の内壁を抉られるたびに、シンの口から高い声が洩れた。背中を逸らし、顎を上げて、激しく顔を横に振る。再び、腹の底から湧き上がってくるあの奇妙な幸福感に胸を締め付けられて、こめかみを熱い雫が伝い落ちた。
「あぁぁ…っ。……レ、イ…っ……」
同じ場所をしつこく責め立てられて、シンは縋るようにレイの肩を掴む。
「来て…くれ。……抱いて……強く、抱いて…くれ──レ…イ……レ…ィ……」
背中を浮かせて、レイの肩と首にがっちりと腕を回し、彼の首筋に頬を擦り寄せる。レイは右腕だけでふたりぶんの身体の重さを支え、縋り付き、びくびくと身体を震わせるシンの背中を、左腕で強く抱きしめた。
己の中に埋め込まれたレイのものの根元を無意識に締めつけ、痙攣する太腿に力をこめて、レイの腰に脚を絡める。
「そんなふうに全力で組み付かれたら、動けない。少し……力を緩めてくれ、シン」
レイは、荒い息を吐きながら、幼い子供を諭すようにシンの耳元で囁く。
「…いや……いや、だ……」
シンは顔を横に振り、レイの身体に絡めた腕と脚に更に力をこめた。
「せめて、脚だけでも…っ……シン…」
「……あ…し?……脚……。待って……」
小刻みに呼吸しながら、思うように動かない脚をレイの腰からようやく解いた。レイはひとつ息を吐き、ベッドから僅かに浮き上がったシンの背中を支えたまま、揺さぶるように腰を進める。
「ぁああ…んっ……ああ、ぁ……っ」
勃ち上がっていたものがレイの腹に触れ、擦られて、「あっ」と声を上げた時には既に達してしまっていた。射精した後、ゆるやかに醒めていくはずの身体は昂ったまま、更なる高みへ向かって走り続けていく。放出した粘液が潤滑油となり、お互いの腹部による刺激で、再び、シンのものは硬く膨らんでいった。
「あっ……ぁ…んっ……あっ…あっ、あぁ…んっ」
身体を激しく揺さぶられ、吐きだした熱いトロミが脇腹を伝い、落ちていくのがわかる。
「女のような……声だな」
レイは荒い息を飲み込みながら、シンの耳元で囁く。
「う…るさ、い……」
シンは吐き捨てるように言い、内腿に力をこめて、荒々しい律動を刻むレイの腰を挟み込んだ。
「気持ち、いいか?」
「ん…っ……イイ…よ。…ぁ、んっ……はぁ…っ……すごく……いい」
うっすらと汗ばんでいく肌が擦れ合い、軋む。
シンは、レイの首にかかる髪を鼻先で退けて、汗で濡れる首筋に張り付いた髪の上から、しょっぱい塩の味の雫に舌を這わせた。滅茶苦茶に舌を動かして舐め、吸い付き、軽く歯をあてると、レイは背中を震わせて、呻いた。
「あ…っ……」
触れ合う肌の間に溜まった汗で手が滑り、身体が離れていく。
レイは浅く息を吐き、抽迭しながら、ベッドに力なく横たわるシンの睫毛に溜まった雫を、指先で拭った。
背中を支えていたレイの左腕を背中の下敷きにしたまま、薄く目を開けたシンは手を伸ばし、レイの頬に触れ、キスをせがむ。
濡れた音を響かせて唇を吸い、舌を絡めて、互いの熱を貪り合った。
絶え間なく押し寄せてくるレイの熱情に飲み込まれて、溺れてしまいそうだ。
「シン──」
「…ん…っ……な、に?」
「──突っ走っても…構わないか?……もう、限界が近いんだ」
「いい…よ。……は、…っ……レ…イ……も…っかい……抱い、て……」
「わかった……来い」
レイは、感覚を失いかけた右腕をシンの背中の下へ入れ、今度は左腕で、ふたりぶんの重さを支えた。
レイにしがみつき、彼のものが一番イイ場所にあたるように、自ら、身体の角度を合わせる。身体の芯を貫いていく快楽で、おかしくなってしまっても、構わない。彼と共に落ちていけるなら、どこであろうと怖くはない。
「んぁあああ、あっ……、…ぁ、んっ……は、ぁああ…っ……」
熱い楔を打ち込まれ、射精と共に昇りつめるよりも遥かに強い快感が生まれては全身を駆け巡っていく。
「も……だめ、だ……壊れ…るッ……レ…ィ……」
「少し…だけ、……あと少しだけ…堪えてくれ」
レイは、シンの身体を強く抱き、掠れた声で囁く。
「レ…イ……ぁああ、んっ……あぁっ…あっ。……あっ……ん、ぁああ…っ……もっと…くれ、よ。……滅茶苦茶に…っ……壊し…て──レ、イ……レ…ィ…」
肩にしがみつく手に、指先に力がこもり、レイは痛みに呻いた。射精寸前の、硬さと質量の増したものがシンの内壁を激しく抉り、シンは叫び、背中を極限まで反らして身体を痙攣させた。
「は…っ……うぁあ…っ……シン……シ、ン…ッ……」
レイは、シンの耳元で、荒い息と共にかすかな声を吐き出す。
「……ぁ…っ……もう…いっ…そ……」
光──遠くの方で灯った光が、凄まじい速さでこちらへ向かってくる。レイの背中に縋りつく腕から力が抜け、密着させていた上体がずるりと離れていく。
「…いっ…そ……殺…して……くれ…よ……レ…ィ……」
シンはようやく声を絞り出し、目を閉じた。背中と腕が力なくシーツの上に落ちる。
目の前に押し寄せてきたまばゆい光に包まれて、意識が、高いところへ放り投げられるような感覚に身をゆだねる。頂点でふわりと浮き上がり、そのまま、落下する。次第に視界が暗くなり、濃い闇の、いちばん深い場所で着地して、目を開けると、すぐ目の前には、心配そうに顔を覗き込むレイの青い瞳があった。
「……オレ、失神してた?」
乾いた声でぼんやりと問うと、レイは安堵の溜息を吐いた。
「ああ……大丈夫か?」
「うん。でも……少しだるい、かな」
シンは、力の抜けた身体をようやくレイの方へ向け、ベッドに肘をついて横向きに上体を起こした彼の肩を掴み、手に力をこめた。
「どうした?」
「……喉…乾いた……」
レイはサイドボードに手を伸ばし、半分ほど残った水のボトルを掴んで蓋を開け、シンの手に握らせる。
「まだ、冷えている──飲め」
「ありがと」
レイの肩を支えにして慎重に上体を起こしたシンは、喉を鳴らして冷たい水を一気に飲み干し、空のボトルをレイに手渡して、そのままぐったりとベッドに倒れ伏した。
「今、何時?」
「五時前だ」
「ずいぶん、長いこと……してたんだな」
「解すのと、入れるのに時間が掛かったからな」
「そっか。……それより、レイは、ちゃんとイけたのか?」
「ああ。お前がいくのと、ほとんど同時に──」
「ん……良かった。……でも、後始末させちゃったな……ごめん」
「構わない」
「何、ニヤけてんだよ」
シンに小突かれて、レイは、そっと口元を掌で覆う。
「いや……見たことがないほどの量だった……」
「何が?」
「出したものが」
「……オレの?」
「俺も、だ」
レイは苦笑いを浮かべ、肩を聳やかす。
「溜まってたのか?」
「……少しな。だが、本当に、最後までしてしまうとは思わなかった」
「ん?」
「痛がって、すぐに止めると思っていた」
レイの手がシンの髪に触れ、頬を撫で、首筋をくすぐる。シンは逃げるように首を竦めて、悪戯を繰り返すレイの手を中指の先でパチンと弾いた。
「少し、怖かったけど……全然、痛くなかったんだ。お前が…その…優しくしてくれたから、気持ち良かった…すごく」
「そうか。良かった」
安堵の息を吐き、レイは、ゆっくりと顔を近付ける。唇が触れ合う瞬間に、シンは目を閉じ、差し入れられた舌を軽く吸った。
唇と口内を丁寧に愛撫する柔らかい感触と熱いぬめりに、頭の奥のほうがじんと痺れ、シンは、蕩けていく身体を弛緩させた。
シン──名前を呼ばれたような気がして、シンは、重くなってしまった口を微かに動かす。
頬と髪に温かい風を感じながら、シンは深く息を吐き、とろりとした闇の中に意識を沈めた。
遠くから、ピアノの音が聞こえてくる。
目を開けて顔を上げると、薄いレースのカーテンから洩れる陽光に目が眩み、シンは再び、枕に顔を埋めた。顔を伏せたまま、光の中を漂う微かな音の粒に耳を傾ける。
「なんで、あんなに早く手が動くんだ……?」
シンは掠れた声で呟き、ゆっくりと身体を起こした。
「──っ…てぇ……」
下半身が鈍く疼き、顔を歪めた。
慎重に広いベッドの上を移動して、温かな色合いのタイル貼りの床に足をつけ、立ち上がった。振り返り、乱れて波打つシーツを軽く引く。
「うわっ」
シンは声を上げて、白い体液の染みが点々と付着したシーツを剥ぎ取り、くしゃくゃに丸めた。深い溜息をつき、腰を撫でながらシャワールームへ向かい、丸めたシーツをランドリー籠に投げ込む。
濡れた床に足をつけ、シャワールームの扉を閉めて、コックを捻り、シャワーヘッドから迸る湯を頭から被った。
(まさか、本当に入るとは思わなかったな)
シンは、僅かに疼く後ろの腔に指先をそっとあてた。ふいに、レイの指の動きと、押し入ってくる太いものの感触がよみがえり、シンは慌てて手を離した。
湯を止めて、湯気で曇った鏡を手で拭い、姿を映す。
「……これは、やりすぎだろ……レイ」
昨夜、レイの唇が触れた首筋から腹にかけて、そして、二の腕と太腿の内側の柔らかい部分に、濃くて甘い夜の名残が花吹雪のように散っているのに気付き、顔に熱が集中していく。
シンは大きく息を吐き、Tシャツとジーンズを身に纏い、ベッドルームを出た。
「おはよ」
リビングの扉を開け、ピアノの方へ視線を向けると、大きな窓から零れる光の中でピアノを弾いていたレイは顔を上げ、シンと目を合わせて微かな笑みを浮かべた。
「おはよう。……歩き方が、おかしいぞ」
「ああ……アナが内側にズレたみたいで、キモチワルイんだ」
「……懲りたか?」
「全然──それよりっ、お前、これはやり過ぎだぞ。病気みたいじゃないかよっ」
シンは顔を赤くして、Tシャツの裾を胸まで捲り上げた。
「すまない……お前が、あまりにも良い声を出してくれるものだから、つい……」
レイは演奏する手を止めて、ばつが悪そうに笑った。
「つい、って……まあ、いいけど」
シンはTシャツの裾を下ろし、壁掛けの時計をちらりと見た。
「もうすぐ昼だな……飯、食う?」
「ああ」
レイの返事を聞いて、シンは、ぎこちない足取りでキッチンへ向かう。シンクの横の水切りには、昨夜使ったグラスと皿が、きれいに洗って、伏せられていた。
シンは、冷蔵庫の中から、昨夜買ったサンドウィッチの入った袋を取り出し、中身を丁寧に皿に盛る。
「何、飲む?コーヒー?……ソーダもあるけど……」
後からキッチンに入ってきたレイに問うと、
「オールドグランダッドのソーダ割り」
言いながら、レイはグラスに氷を入れて、酒とソーダの瓶が並べられたトレーの上にそれをのせた。
「昼間っから飲むのか?」
「非番の時くらい、いいだろう?」
「じゃあ、オレも──」
水切りからグラスを取り、氷を入れて、レイが抱えるトレーの上に置いた。
「リビングで、庭を見ながら飯食っていい?」
「構わない」
リビングの、天板がガラスのローテーブルの上に大量のサンドウィッチを盛った皿を置き、シンは慎重にソファに座る。後ろからその様子を見ていたたレイは、ははっと声を出して笑った。
「笑うな。仕方ないだろ?……疼くんだから」
「悪かった」
レイは笑いながら詫びて、酒の瓶を手に取り、蓋を開ける。薄黄色の酒をグラスに注ぐと、弾けるような音をたてて氷が割れた。
「……あ」
「どうした?」
何かに気付いたような声を洩らし、含み笑いをするシンへ視線を向けて、レイは首を傾げる。
「そういえば、お前、"ザル"だったな……って。なんであの時、気付かなかったんだろ?」
「その件については、忘れてくれ」
「どうしよっかなぁ……」
からかうように言いながら、シンはソーダの瓶の蓋を開けてグラスに注ぎ、軽く攪拌した。泡が涼しく弾ける響きに耳を傾けながら、甘い香りを口の中で転がし、軽く噎せた。
大きく開け放たれた窓から涼しい風が流れ込み、前髪を揺らす。
サンドウィッチを口元へ運び、もそもそと口を動かして、風に揺れる庭の木々を眺めながら、ぼんやりと何かを考えているレイの目の前に手を伸ばし、ひらひらと振ると、青い瞳がこちらを捉え、また、思いを巡らせるように揺れる。
「シン──」
しばらくの沈黙の後、レイは真面目な顔をこちらへ向けて、ぽつりと口を開いた。
「何?」
シンは首を傾げて、パンの隙間から零れたマヨネーズのソースを指で受け止め、ぺろりと舐めた。
「──ここで、一緒に暮らさないか?」
「へっ?」
「この家は……一人では、広過ぎる……。お前がいてくれるなら、ちょうど良い……部屋も、好きな場所を使えば良い」
「オレは別に…いいけど……」
シンはジーンズの膝で手を拭いて、グラスを取り、咀嚼したサンドウィッチを酒で喉に流し込む。
「……この家は借りものなのか?……家賃とか……どうしたらいい?」
「この家は俺の恩人の持ち物だった。その人が亡くなった時に、俺が貰い受けたんだ。だから、家賃は要らない」
「そっか。それなら、食費は全部オレ持ちで……飯も作る──タダで居候ってワケにはいかないからな。それで、どう?」
「構わないが、お前はそれで良いのか?」
「……その代わり、って言っちゃなんだけど……ピアノ弾いてよ──オレの、ためだけに」
「わかった。交渉成立、だな」
「ああ。これから、よろしく」
言いながら、シンは握っていたグラスを差し出す。レイは、中身が半分よりも少なくなったグラスを持ち上げ、シンのグラスに淵を軽くあてた。
「どうした?」
顔を見ながら含み笑いするレイに、シンは問う。
「素直に言ってみるものだな……と、思ってな」
ほんの少しだけ嬉しそうに笑うレイを見て、胸の奥のほうがきゅうと締められ、シンは心臓の上のあたりを拳で軽く叩く。
同室だった時には、お互いの存在を窮屈だと感じていたくせに──まさか、こんなふうに互いを求め合う日が来るなんて、もしあの頃の自分たちが知ったなら、いったい、どんな顔をするだろう?
シンはテーブルに手を付いて身を乗り出し、対面に座るレイの頭を掴み、柔らかい髪をぐしゃぐしゃに撫でまわす。
レイは迷惑そうに眉根を寄せて、いつもの冷やかな視線をシンへ向けた。
+ + + + +
「──レイ、飯」
シンは、キッチンから顔を出し、リビングでピアノを弾くレイに声をかける。
「ああ……」
無心にピアノを弾くレイの、上の空な返事が響く。夢の中に沈んでいる彼が、現実の世界に戻ってくるまで、もう少し時間がかかりそうだ。
シンは、溜息をついて肩を聳やかし、優しい音と光の溢れるリビングを見渡した。
壁際に掛かる、ふたりぶんの白い軍服。気が向いた時に弾いてくれる、前に好きだと言った曲──ゆったりと流れる時間が、抱き続けてきた怒りや悲しみをすべて洗い流してくれるような気がする。
シンは口元に微かな笑みを浮かべ、キッチンを出て、ピアノを弾くレイの背後に立った。
彼の柔らかなプラチナブロンドを両手の指で梳くように撫で、ひとつに纏めて、くるりとひねり上げたその束に、ジーンズのポケットから取り出した髪留めをつける。
「何をしている?」
まだ夢見心地なレイの、低く、甘い声が聞こえてくる。
「首にキスするのに邪魔だから、結い上げただけだ。結構、上手いだろ?」
「ああ。意外と、器用なんだな」
「昔、よく、妹の髪をいじってたから」
「そうか」
レイが奏でる優しい曲は、徐々にクライマックスへ向けて走りはじめる。最後の一音を弾き終えた後の、うっとりとした甘い吐息を聞くのが、とても好きだった。
「この髪飾りは、お前が買ったのか?」
「ああ。そうだよ」
「どのツラ下げて……」
「その言い回し、ちょっとおかしくねぇ?……買い物に出た時に、レイに似合いそうなのがあったから買って来たんだ……ちょっと、恥ずかしかったけど……似合うよ」
「似合うと言われても……正直、困る」
レイは肩を聳やかし、薄く開いた唇の隙間から、ふうっと息を吐いて、笑った。
シンは、露わになったレイのうなじに唇を這わせて、舌先を、くすぐるように動かす。
甘い溜息、あたたかな空気を震わせる余韻──鍵盤から手を離したレイは、シンの髪を肩越しに撫でる。シンはレイの隣に移動し、頬に触れてこちらを向かせ、少しだけ屈み、彼の唇を己のもので包み込むように塞いで、軽く吸った。
「──飯」
潤んだ音と共に唇を離し、お互いの鼻のあたまを擦り寄せたまま、シンは囁く。
「もう少し……」
レイは呟いて、シンの肩を掴み、目を閉じた。
肩に触れていたレイの手が、二の腕を滑り落ち、頬に触れるシンの手を包み込む。
指を絡め、再び、唇を重ねる。室内に溢れるまばゆい光の中で、お互いの唇と舌を味わいながら、この穏やかな時間が永遠に続けばいいと、そっと願った。
了[2008/05/31]
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