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【たとえば、こんな未来】 酔-2 【3】※R18※【シンレイ】


友情と愛情の回路が混線して、同室の友人に寄せてしまったただならぬ欲望を自覚したのはいつのことだったか──今でははっきりと思い出せないほどに、その想いはゆるやかに、しかし確実に変化していった。

魘されるシンの手を握ると、彼は無意識に強く握り返す。
胸に湧き上がる、必要とされている喜び──たとえ、それが『俺』を求めている訳ではないのだと解りきってはいても、構わなかった。
名残惜しい気持ちを抑えて手を離し、静かな寝息をたてはじめたシンの髪を撫でる。
それ以上、触れてはならない……望んではならない。
己を強く律するたび、遠い昔に偶然覗き見てしまった大人の情事が、彼らの生々しい息遣いとともに脳裏によみがえった。
頭を殴られたかのような衝撃と、高揚。大きく膨らんだものが、果たして、窄まったそこに入るのだろうかということに、妙に興味をそそられて……調べて、試した。
シンの姿を思い浮かべ、男の身体の下で呻く己の分身の姿を自分と重ね合わせ、友人を薄汚い劣情の捌け口にしてしまうことに嫌悪を抱きながら、それでも、その行為をやめることは出来なかった。


伝えることは許されない想いを抱えたまま、シンと共に白い軍服に袖を通し、時折、感情的になりながらも、部下へ指示を与えていく彼の姿を見て、ひとつ息を吐く。年上の副官と顔を突き合わせ、真剣に議論しているのを見かけて、また、溜息を洩らす。
干渉を嫌う彼の傍に立つことを許された唯一の存在なのだと、自惚れていた。いつの間にか出来上がっていた、喧嘩っ早いシン・アスカとそのお目付け役のレイ・ザ・バレルという構図は、互いに、別の部隊のトップに立った時、始まりと同じように自然と解消されてしまった。
今の彼にはもう、お目付け役などいらない。世話を焼いてやる必要も、ない。
「……清々した」
吐き捨てた言葉は、拠り所を失くして空っぽになった胸に虚しく響く。
変わっていく彼の背中に焦燥感を覚えながら、時々こちらへ向けられる変わらない笑顔に救われていた。

時間に任せるしかない──離れている時間が長くなれば、きっと、一時の気の迷いだったと、苦笑い出来る日が来るだろう。そう言い聞かせて、なるべく会わないように、姿を目で追いかけないように、徐々に距離を置いていく。
しかし、この胸に宿る想いは、離れて、月日を重ねるうちに次第に大きく膨れ上がり、心を蝕んでいく。
彼との間に培ってきたものを失いたくない。もし知られてしまったら、彼に嫌われてしまうであろう現実と、この想いを知って欲しいと哭く心との間で、頭を抱えて、悩み、苦しんだ──表面上では、友の役を完璧に演じながら。


バレル隊の士官室で、シンが『お勤め』から帰ってくるのを待つ。
合同演習で敗北したアスカ隊に課せられた、ペイント弾で汚れた機体の清掃を終えたシンは、入室許可を待たずに、士官室へ足を踏み入れた。
「その恰好で、ここまで来たのか?」
脱いだ上着を肩に掛け、ブーツを小脇に抱えてスラックスを膝まで捲り上げたシンを一瞥して、大きな溜息をつく。
「んー。本部内に誰も残ってないみたいだったから、いいかなって」
「良くはないだろう。だいたい──」
「りょーかーい、以後、気を付ける──で、いつものところでいい?」
レイの小言を遮ったシンは、応接用に据えられているソファに身を沈め、スラックスを伸ばしてブーツを履く。
「ああ。……行くぞ」
「ちょっと……待てよ」
ブーツを履き終えたシンは慌てて立ち上がり、軍服の上着に袖を通しながら、士官室を出ようとするレイの後を追いかけた。

軍本部の近くにある”いつもの”バーの、重厚な扉を開ける。
アンティークの家具が設えられ、柔らかな橙色の光に包まれた広い店内は、白と黒の軍服を身に纏ったザフト軍将校達で賑わっていた。ここは本来、副官以上の将校御用達の店ではなかったはずなのだが、上官と同じ空間で寛ぐことが出来ない人間の足が遠ざかった結果、今のこのような有り様になっている。
現実の世界から完全に遮断された空間に、靴音と、微かな話し声が響く。顔見知りの将校に会釈しながら、重厚なテーブルの間を通り抜け、奥のカウンターへ向かった。
途中、テーブル席に座っていた、ある女性将校と視線がぶつかった。
彼女は確か、シンの恋人であると噂になっていた女性だ。
シンは軽く右手を上げて、微かに笑う。彼女もそれに応えるように笑い、レイへ視線を移し、首を傾げるように会釈した。
会釈を返し、目を細めて、彼女の端正な顔を見た。強い目をしていると、レイは思った。
ある程度以上の気の強さを兼ね備えていなければ、女心と秋の空よりも移ろいやすい彼の機嫌に振り回されてしまうから、その点では、とても似合っていると感じた。
「……行ってもいいぞ」
カウンターの椅子に座ったレイは、彼女の方へ向けてくいっと顎を上げた。
「え?」
「彼女の所へ……」
「なんで?」
「恋人、なんだろう?」
「ああ……”元”ね」
「そう…だったのか。……すまない」
「いいよ、別に。もう、ずいぶん前の話だし……」
言いながら、シンは軽く右手を上げて、バーテンダーを呼ぶ。
オーダーを済ませ、出されたつまみを頬ばったシンは、レイの顔をちらりと見て、微かに笑った。その表情には、彼が今までに見せたことがない、哀愁のようなものが滲んでいて、妙に大人びて見えた。
レイは手元に視線を落とし、細く息を吐く。
「”合わない”って分かってて付き合ってたけど……二人の未来を断ち切られた状態では、やっぱり、うまくいかなかった。気持ちだけじゃ、乗り越えられない壁ってやつ?……仕方なかった…んだよな」
「……コーディネーターとは、難儀なものだな」
レイは、視線を落としたまま呟く。
「おいおい、他人事みたいに言うなよ。明日の我が身だぞ?」
シンは吹き出すように笑い、目の前に置かれた、赤いカクテルが注がれたグラスを取り、レイのグラスの縁に、それを軽く当てた。
「レイとこんな話するの、初めてじゃないか?」
「……そうだな」
「レイは?」
「何だ?」
「恋人がいるって話、聞いたことないからさ。言わないだけで、実は、いたりする?」
「……いない」
「好きな子は?」
いくらでも誤魔化すことが出来たはずなのに、思わず黙り込んでしまった。レイは、二人の間に漂う沈黙と共に、グラスに半分残った酒を一気に呷る。
「いるんだな。誰?」
「そんな、キラキラした目で見られても……言わないぞ」
レイはひとつ息を吐き、バーテンダーに、手の動きだけで”おかわり”を伝えながら呟く。
「減るもんじゃないだろー?」
「減る」
「──で?どんな子?美人?……でも、何で片思いなんかしてるんだよ。レイが口説いたら、一発で落ちるだろ」
深い溜息をつき、バーテンダーから新しいグラスを受け取ったレイは、そのまま喉を潤して、睨むような視線をシンへ向けた。
「近しい人間だから、言えないだけだ。……気まずくなるのも、困る」
「近い人間って……まさか……ルナ!?ルナなんだな!?」
「違う」
「でも他に……ああ……隊長になってからのレイの交友関係って、オレ、知らないな……」
シンは、ぼんやりとした口調で呟き、天井を仰ぐ。
「ちょっと寂しい…かも。……レイは、訊かなきゃ何も話してくれないから、な」
酔いを滲ませた視線をこちらへ向けて、シンは顔を傾けた。
レイはシンから目を逸らして、皿に残っていた、最後のクラッカーとチーズを口に放り込む。
「あぁっ……」
隣から、悲壮感漂う声が洩れ聞こえて、驚いたレイは、シンの方へ顔を向けた。
「オレ……一個しか食ってねえのに。……ボリボリボリボリ…旨そうに食いやがって……」
「ああ…すまない。おかわり、するか?」
「……もういい」
シンは拗ねたように顔を背け、4杯目のカクテルを飲み干した。

時間が経つにつれて、シンの強すぎる眼光が、とろりと溶けていく。
舐めたら、苺のジャムみたいな甘酸っぱい味がするだろうと、酔いのせいでぼんやりとし始めた頭の片隅で想像して、レイは唇の端を僅かに上げ、痺れたように感覚が鈍くなっている中指の先を強く噛んだ。
シンと、何度も酒の席を共にするうちに、彼の酔い方を完全に掌握してしまっていた。目のすわり方ひとつで、明日の朝の記憶の有無が分かる。今、シンが見聞きした情報は、翌朝、一切、彼の記憶には残らない。
『俺の想い人はお前だ』と、言ってみようか?
(──駄目だ)
レイは小さく息を吐き、目を伏せた。
ふいに髪を引っ張られ、レイは眉根を寄せて、悪戯の主を睨む。
「何をしている?」
真剣な表情で、摘まみ上げた毛先を指に絡めているシンに問うと、
「ん?外ハネにしてやろうかと思って……」
シンは大真面目な顔で答えた。
「なぜだ?」
「いっつも内巻きで、ムカツクから」
「意味が分からない」
外側へ向くように、毛先を指に絡めて、酒くさい息をドライヤーの代わりに吐きかけるシンを横目で見ながら、レイは、くすりと笑った。
しばらくの沈黙の後、手に絡めていた髪を解放したシンは、元の通りに、くるりと内側に巻いていく毛先を凝視して、舌打ちをする。
「残念だったな」
シンの肩を軽く叩き、レイはゆっくりと立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「……トイレだ」
「オレも行く」
「好きにしろ」
連れ立って席を離れ、テーブルの隙間を縫うように歩く。シンの元恋人の姿は、もう、なかった。

「ふあー……暑っちい」
用を足したシンは、洗面台の前に立ち、軍服の胸元を大きく開けた。
「出て行く時には、襟を留めろよ」
「ん、わかってる。……いっつも涼しそうな顔をしてるけど、レイは暑くないのか?このへん、蒸れるだろ?」
シンは、レイの肩に落ちる髪と首の隙間に手を差し入れて、首の後ろに、軽く触れた。
軍服の下の、二の腕から首筋にかけて、ざわりと肌が粟立つ。
「うわ……レイの首の後ろ、熱っ!たまには、空気、入れ替えた方がいいぞ。……つーか、レイの髪、柔らかくて気持ちいー」
シンの舌足らずな話し方に、思わず顔が綻ぶ。しかし、次の瞬間に、レイは身体を強張らせ、眉根を寄せて、目を伏せた。
「……今日は、随分…遠慮がないんだな」
熱を帯びていく息を吐きながら、うなじのあたりの髪を撫で回すシンの手をそっと掴む。
「シン」
「なに?」
「先程の話の、続きをしようか?」
シンの熱い手を掴んだまま視線を上げて、酔いのせいか、普段よりも柔らかい表情を浮かべている彼の、同じ高さにある顔を見つめた。
「ん?好きな子の話?……ここで?」
「そうだ。聞きたいか?」
「うん」
名残惜しい気持ちを抑えてシンの手を離し、レイは大きく息を吐く。遠くの方で、誰かが、言うなと叫んでいるような気がする。しかし、全てを酔いのせいにして、彼に伝えてしまえと囁く声に耳を塞がれてしまった。……いや、自ら、耳を塞いだのだ。
「俺の想い人は、同性だ……と言ったなら、お前は俺を嫌うか?」
「へっ?同性って……男?」
狼狽を隠し切れていないシンの問いに、レイは、彼の目を真っすぐに見つめたまま頷いた。
「嫌わない……嫌わないよ。……そっか……それだったら、気安く口に出来ないよな。ごめん」
「なぜ、謝る?お前は悪くないだろう?」
「ちょっと、無神経だったかな…って……。でも、どうして、そんな大事なことをオレに?」
「それは──」
レイは、シンの乾いた唇を中指の先でなぞり、離した指を己の唇に押し当て、歯を立てる。
「……レ…イ…?」
只ならぬ気配を感じ取ったのか、シンは半歩後ろへ下がった。
扉の向こうから、微かな足音が聞こえてくる。
レイは、シンの胸倉を掴んで個室へ引っ張り込み、扉を閉めた。
シンの背中を壁に押し付け、状況を把握できていない彼の目を真っすぐに見つめたまま顔を近づけて、唇を塞ぐ。息を洩らさないように、潤んだ音を響かせないように、慎重に彼の柔らかい唇を貪った。シンは目を細め、頭の後ろを壁にくっつけたまま、こちらの動きに合わせて、口を動かす。
扉が開閉する音と共に、先程入ってきた人の気配が消え、レイはそっと唇を離し、小さく息を吐いた。
「レイ……どうして……?」
甘くとろけるように潤んだ赤い瞳が、戸惑いに揺れる。
顔を近付けたまま、シンの頬をそっと撫でると、シンはびくりと肩を震わせて、目を瞑り、顔を背けた。
「──俺の想い人は…お前だ。……嫌ならば……張り倒して、逃げてくれ。……今、すぐに……」
彼の顎のラインを指先でなぞりながら、耳元で囁く。
「レイ……?」
「俺は卑怯者だ。……明日になれば、お前が忘れてしまうのを知っていて、こんなことをしている」
頬を擦り寄せて耳朶に軽くキスをすると、シンは、胸倉を掴んだままのレイの左手に触れ、軍服の袖口を、縋るようにぎゅっと掴んだ。
「……忘れないよ」
シンの吐息が耳にかかり、背中が震える。僅かに身体を離してシンの顔を見ると、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた彼は、口元を笑みのかたちに歪めた。
「忘れてくれ」
呟きながら、指の先でシンの頬を撫で、先ほどの口付けでしっとりと濡れた唇をなぞる。
細く息を吐き、顔に触れていた手をシンの首の後ろへ回し、襟髪を指に絡めながら、彼の柔らかい部分に己の唇をそっと押しあてて、軽く吸った。
シンが怖がらないように、腹の底から湧き上がってくる衝動をようやく抑えて、触れるだけのキスをする。
求めて止まなかった感触とぬくもりをじっくりと味わい、上気していく肌の匂いと、吐息に混じったアルコールの香りに酔いしれた。
シンの軍服の胸元を掴んでいた手を離し、手首を返して、彼の腕を握る。そのまま、手を下の方へずらして、汗ばんだ熱い掌と、さらりと乾燥している己の掌とを重ね合わせ、指を絡めた。拘束されていない、もう片方のシンの手が肩に触れ、首を撫で上げ、レイの頬を包み込む。その、熱くて湿った手を、服の中へ誘導したいという衝動を抑えて、シンの唇を解放し、放心している彼の顔を真っすぐに見つめた。
「なあ、レイ……」
「何だ?」
「すごく失礼なこと聞いちゃうけど……怒らない?」
「内容による。……おおまかな想像はつくがな」
「……お前……その……女の子には興味なかったのか?」
「そういう訳ではない。これは……偶々……」
「たまたま……興味持ったのが、オレ、だった?」
「……悪いか?」
「悪くない……」
「嫌う、か?」
「嫌わない……だけど、頭がごちゃごちゃして、どうしたらいいのか…わからない」
「だろうな……」
頬に触れていたシンの手が離れていく。俯いてしまった彼の頭に額をくっつけて、レイはそっと溜息をついた。
「いつ……から?」
「……分からない」
「いつの間にか、ってやつ?」
「ああ」
「……そっか……」
崩れるように、こちらへ圧し掛かってくるシンの身体を抱き止める。
「……つらかった…だろ?」
耳元で囁かれて、レイは小さく頷いた。
「少し…な」
「だよな」
シンは、レイの背中に手を回し、軽く二度、叩く。レイは、シンの身体を抱く手に力をこめて、首筋に顔を埋めた。彼のうなじから、汗と、埃と、日なたの匂いがする。
離したくない──大きく息を吸い、乾きかけた唇を、ぺろりと舐める。
「家に、来ないか?」
ようやく吐き出した声は、自分でも驚くほどに掠れていた。触れ合っている身体を離したレイは、シンの顔を真っすぐに見つめて、顔を傾けた。
「行く……」
「それがどういうことか、解っているのか?」
「子供じゃないんだ……ちゃんと、わかってる」
即答した彼に微笑を返し、乱れた軍服の胸元を正して、彼の腕を掴んで個室を出た。
チェックを済ませて、店を出る。
レイの自宅までの道のりを、ふたり、無言のままで、肩を並べて歩いた。


「飲み直すか?……それとも、先ほどの続きをするか?」
自宅のキッチンに立ち、カウンター越しに、グラスに注いだ冷たい水をシンへ手渡しながら問いかける。
「……続き……」
水を一気に飲み干したシンは、リビングの真ん中に据えられたピアノのあたりに、とろりと溶けた視線を彷徨わせながら呟いた。
「ピアノが、珍しいのか?」
笑いを滲ませた声で彼に訊くと、
「そんなワケないだろ。……レイ、ピアノ弾くんだなーって……オレ、レイのこと、なんにも知らないんだなーって思ってただけだよ」
シンは口を尖らせて言い、ほんの少しだけ、寂しそうに笑った。
空になったグラスをシンから受け取り、再び、水を注いで、レイはそれを一気に飲み干した。グラスを軽く濯ぎ、シンクの脇の水切りに伏せて、キッチンを出る。
長い廊下の突き当たりにある寝室のドアを開け、藍色の薄闇の中、サイドテーブルの上のライトを手探りで灯し、ベッドの端に腰を下ろした。
レイは、ドアの傍らに立ち尽くすシンの方へ手を伸ばす。シンは、後ろ手でドアを閉め、微かな足音と共にレイの傍へ歩み寄った。レイはゆっくりと立ち上がり、ふたり、無言のまま、息が触れ合うほど近い距離で向かい合う。
シンの喉元に手を伸ばし、軍服の襟のホックを外していく。前釦をすべて外し、彼の服の中へ手を滑り込ませて、両肩を撫でるように上着をずらす。シンが身体を僅かに動かして肩と袖を抜くと、彼の抜け殻が重い音を響かせて、タイル張りの床に落下した。軍支給のインナーウェアの裾をスラックスの中から引っ張り出し、一気に脱がせて床に落とすと、蜂蜜色の柔らかな光の中に、シンの引き締まった細身の肢体が浮かび上がる。
「……白いな」
思わず口を衝いて出た言葉に、
「ん……全然焼けなくてさ、結構、コンプレックスだったりする……」
シンは微かに笑い、肩を聳やかした。
「すまない」
「いいよ……別に」
シンの手が喉元に伸び、丁寧な手つきで釦を外していく。レイは顎を上げて、ぼんやりと天井を眺めた。
軍服が床に落ち、インナーウェアも脱がされて、レイはたまらず、シンの身体を抱き寄せた。
「カラダ……べたべたしてるだろ?機体の掃除で、汗かいたから……」
「シャワーを、浴びるか?」
「うん……」
「……向こうのドアが、シャワールームだ」
ドアの方へ顔を向けると、シンは小さく頷いて、触れ合っていた身体を離した。ドアの向こうへ消えていくシンの背中を見送り、脱力したレイは、崩れるようにベッドに腰を下ろす。心臓が耳の傍に移動したかのように、あたまの中で鼓動が大きく鳴り響き、耳を塞いだ。
壁越しに洩れ聞こえるシャワーの水音に意識を引っ張られながら、レイは、先程からのシンの言動を思い返していた。
男に思いを寄せられ、唇を奪われて、酔いが回っているとはいえ、あんなふうに平静でいられるものだろうか?……いや、平静を装っているのは、彼の優しさなのかも知れない。友達を傷付けないように……言葉を選び、態度を選び、煮詰まった挙句の行動なのだろう。それほどまでに、大切に思われている存在なのだと、つい、自惚れてしまう。
レイはサイドテーブルに手を伸ばし、引き出しを開けた。ラウの置き土産の避妊具が入った箱を取り出して、軽く振った。
シンの優しさを利用して、まともな判断が出来ない状態の彼とベッドを共にする。これが、ずっと望んでいたことなのだろうか?カタカタと鳴る、微かな響きに耳を傾けながら、レイは溜息をつく。
シャワールームのドアが開き、レイは慌てて掴んでいた箱を元の場所へ仕舞いこんだ。
軍から支給されたショートパンツだけを身に纏ったシンは、こちらへ歩み寄り、隣に腰を下ろして、肩に引っ掛けていたスラックスを床へ投げた。
「交代」
シンは微かに笑い、ブランケットの中へ潜り込む。
「ああ……」
レイはゆっくりと立ち上がり、細く息を吐いて、シャワールームへ向かった。

身体を隅々まで丁寧に洗い、濡れた毛先を乾かして、ベッドルームへ戻る。先に、ベッドに横たわっていたシンは、既に眠っていた。
脱いだスラックスを床に落とし、ショートパンツと下着が脱ぎ散らされているのを見たレイは、シンの腰のあたりを覆っているブランケットをそっと捲る。百戦錬磨というには程遠い、淡い色をした彼のものが露わになり、レイは慌てて、ブランケットを掛け直した。
硬めのマットレスに膝をついたレイは、手を伸ばし、シンの額に掛かる黒髪をそっと撫で上げる。露わになった額と頬に唇を押しあて、昔、シンが魘されていた時と同じように、シーツの上に投げ出された彼の手をそっと握った。弛緩していたシンの手に、僅かに力が籠もり、レイの手を包みこむように動く。レイは、深い眠りに落ちているシンの顔を見つめて微かに笑い、解いた手で、彼の頬をそっと撫でた。眠る顔に、あの頃の幼さが、まだ、ほんの少しだけ残っていることが嬉しかった。
横向きに寝る彼の、額から鼻の頭へのラインを、中指の先でそっとなぞる。シンは顔を僅かに背け、迷惑そうに眉根を寄せて、小さな呻き声を上げた。彼の、弾力のある唇を軽く押した指先を、そっと口に含み、歯を立てる。
「シン……」
苦い吐息とともに、彼の名前を呼び、まだ唇の感触が残る指先に舌を這わせた。
今、この瞬間が永遠に続けば良いのに──そっと息を吐き、軍支給のショートパンツを履いたまま、彼の隣りに横たわる。サイドテーブルに手を伸ばし、ライトを消して、藍色の闇の中でシンの影をぼんやりと眺めながら、暗闇に目が慣れるのを待った。
薄い闇の向こうにシンの輪郭が微かに浮き上がり、顔を近付け、薄く口を開けて安らかな寝息を立てる彼の上と下の唇に交互に触れ、軽く吸った。小さく潤んだ音を響かせながら、何度も、何度も触れるだけのキスを繰り返す。
顔に触れるくすぐったいものを払い除けようと動いた手に頬を叩かれて、レイは、ふっと息を吐いて笑った。

「……ん…っ…」
長い時間、触れるだけのキスを繰り返しているうちに、シンの唇が積極的に動き始め、レイの腰に回していた腕に力が籠もっていく。
「……シン…?」
潤んだ音を響かせて顔を離すと、シンは目を閉じたまま、レイを追いかけるように覆い被さり、再び、唇を塞いだ。
「は…っ……。ん、んっ」
ショートパンツの中に侵入してきた熱い手が、お尻を揉みしだく。胸と胸が触れ、肌が擦れ合い、眠っているとは思えないほどの的確さで下半身をまさぐる放縦な手の動きに、レイは掠れた声を上げ、腰をくねらせて耐えた。
もぞもぞと動き回っているうちに、太腿の真ん中あたりまでずり落ちてしまったショートパンツと下着から足を抜き、シンの下腹部に、硬く膨らんだ己のものを押し付けた。
脚を絡めて、腰を揺らし、互いのものを擦りつけ合い、重なった唇の隙間から、熱い吐息を洩らす。
強く抱き締められたレイは、目を閉じて、肌が触れた部分から流れ込んでくる彼の熱に溺れた。
ざらりとした舌の表で唇を舐められて、レイは、びくりと肩を震わせる。恐る恐る、シンの舌に己の舌先を寄せると、突然押し入ってきた熱いぬめりに強引に絡め取られ、レイは、咄嗟に彼の肩を押し、身体を引いた。鼻から甘い声を抜きながら、ようやく呼吸を整え、彼の動きに合わせて舌を動かしていく。
途中、当然のように口内を蹂躙する、シンの舌の動きが妙に腹立たしくなり、レイは、唾液にまみれた彼のぬめりを強く吸い、歯を立てた。
「ん…ぅっ……」
シンは眉根を寄せて、顔を小さく横に振り、逃げるように唇を離す。
荒い息を吐きながらシンの顔をそっと窺うと、薄っすらと開いた彼の赤い瞳がこちらを向いている。それは、ゆっくりとしたまばたきの度に、いつもの強い光を取り戻していった。

「なぜ、こんなことになっている?」
レイは、乱れた髪をかき上げながら上体を起こして、シンの方へ視線を送り、彼の様子を窺った。
「……それは、こっちが聞きたい」
シンはぼんやりとした表情で天井を見上げ、濡れた唇をそっと拭った。
「バーで飲んでいて、トイレでキスをしたところまでは覚えている」
眉間を揉む仕草で顔を隠しながら、シンの顔をちらりと見る。眠る前の出来事を端的に、自分に都合が良いように、彼に伝えた。自分もまた、覚えていないのだと付け足して。
驚かなかった──むしろ、この現実を受け入れているかのように落ち着いていた──シンを横目で見ながら、レイは細く息を吐く。
しらばっくれているだけなのか、それとも、本当に忘れてしまっているのか。いずれにせよ、彼は「忘れる」ことを選んだ。レイは、軽く唇を噛む。
怒りに似た奇妙な感覚が、腹の奥から湧き上がり、息を震わせる。かちかちと鳴る奥歯を強く噛み締め、せり上がってくる苦い息を押し戻した。
本当は、忘れて欲しくなかった──何でもないという表情をようやく貼り付けて、他愛ない会話と共に、焦げるような胸の痛みを身体の外へ逃がす。
ふいに、こちらへ手を伸ばした彼は、まるで成長を確かめるように、出会った頃よりも格段に逞しくなった胸を撫でる。熱い手の感触に、背中から首の後ろにかけて、ざわりと粟立った。
手を伸ばせば届く距離の、彼の身体に視線を這わせる。
触りたい。けれど……触れてしまったら、今までに培ってきたものの全てを失ってしまうかもしれない……それでも──欲しい。
恐る恐る手を伸ばし、シンの肩をそっと押すと、彼の身体は何の抵抗もなく倒れた。
彼の意識はまだ、夢の世界にいるのだろうか?それとも、完全にこちらへ戻って来ているのか?どちらにせよ、もう、自分を抑えることは出来ない。
嫌われても、仕方がない。夜が明けるのと同時に彼を失ってしまうなら、せめて、最後に一度だけでも触れたい。
シンの顔の横に両手を付いて、覆い被さる。
下から伸びてきた手が、頬に掛かる髪を梳き上げた。こちらへ向けられる彼の眼差しは、とても優しい。
受け入れてくれるのか?……それならば、今だけでいい……彼を想うのと同じ気持ちでいてくれるのだと勘違いさせて欲しい。
レイは微かに笑い、ゆっくりと身体を沈めて、微かに脈打つシンの首筋に顔を埋め、唇を這わせた。

シンの匂いを鼻腔に満たしながら、頭の奥の方で、何かが割れるような音をきいた。



「……ごめん……」
朝、ベッドの上で身体を起こしたシンは、酔いが醒めた頭を抱え、俯いたまま詫びた。
眠る前に叩いた軽口が夢であったかのような、重々しい空気に息が詰まる。
視線を逸らしたまま身支度を済ませて、無言で去っていく彼の背中を、玄関先で見送った。
喉が詰まり、謝らなければならないのは俺の方だという一言さえ伝えることが出来なかった。
シンの姿が門の向こうに消えたのを見届けて、レイは胸の痞えを吐き出すように深く呼吸する。
明日から、半年の間は顔を合わせなくて済む。その間に、昨夜の出来事は、彼の中で、どのように処理されるのだろうか?一夜の過ちか、それとも、二度と思い出したくないほどの心の傷か。
重い扉を閉め、ふらつく足にようやく力をこめて、ベッドルームへ向かった。
乱れたシーツを整え、倒れこむようにベッドへ横たわり、ブランケットを引き寄せる。微かな彼の匂いを探しあて、顔を埋めた。初めて、愛しいものを咥え込んだ後ろの腔が疼く。
一方的な想いを押し付けるような形で、彼を巻き込んでしまったことに申し訳なさを感じてもなお、会いたいと……触れたいと、心が求めて止まない。
「……すまない……シン。……ごめん…」
苦い息とともに言葉を吐き出し、きつく目を瞑ると、目頭から零れ落ちた雫がブランケットを濡らした。


マハムール基地へ降下する移送艦の中で、部下から、僅かに赤く腫れた目のことを心配されてしまった。
表に出してしまうとは情けないと胸の中で舌打ちをしながら、微かに笑い、失恋したんだと言ってみると、彼らは、しばらく凍りついた後に、「またまたー」と言いながら、顔を見合わせて、居心地が悪そうに笑った。慣れないことを言ってしまった後味の悪さに口元を歪め、シンへの想いも、こんなふうに軽く伝えることが出来たならば、彼も冗談として受け流してくれただろうかと、ぼんやりと考えた。
だが、もう……何もかもが手遅れだった。


想像していたよりも退屈な駐留地での生活の中で、暇さえあればシンのことを考えていた。
あの夜の出来事を思い出して昂ぶる身体を慰め、虚しさに溜息をつく。
酒の席への誘いや、女性からのアプローチが多かったから、酔いに任せて、一夜の過ちも良いかも知れないと考えたこともあったが、事後に、激しい自己嫌悪に陥ることは分かりきっていた上に、相手にとっても迷惑このうえないことだろうと、思い止まった──いや、思い止まる以前に、シン以外に、抱き合いたいと思える人間がいなかった……ただ、それだけのことだったのかも知れない。
ずっと、シンに会いたいと願っていたはずなのに、アスカ隊のマハムール基地着任の日が近付くにつれて、逃げ出してしまいたいという気持ちの方が強くなっていく。
彼に嫌われてしまったなら、離れるより他に道はない。しかし、酔いの中で、忘れないと言ってくれたシンの顔を思い出し、心の隅の方で淡い期待を抱いてしまう自分が妙に可笑しくて……哀れだった。
レイは、ひとつ溜息をつき、机上に広げた真っ白な便箋に、ペンを走らせていく。
誰かに手紙を書くのは、アカデミー在学中の、ギルバートへの近況報告以来だった。メールで済ませなかったのは、ただ単純に、手書きの方が喜んで貰えたからだ。今もまた、シンが読んでくれた時に、この存在を少しでも近くに感じて貰えるように、冷たい活字よりも、彼も良く知っているはずの手書きの文字を選ぶ。
シンの重荷になることがないように、胸の奥から湧き上がってくる女々しい感情の一切を排除して近況報告だけを綴り、最後に一言だけ、彼の故郷のことに触れた。長期にわたり、地上の自然に触れて、彼が育ったオーブの海と空を見てみたくなったから、遠回しにそうしたためた。

いつでも彼を想っていることが伝われば良いと願いながら、何度も、何度も読み返し、封をして、投函した。


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