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相部屋の彼は、今夜も魘されている。
レイは薄く目を開けて寝返りを打ち、通路を隔てたベッドに横たわり、呻き声を上げるシンの方へ顔を向けた。
彼は、確か、大西洋連邦がオーブへ侵攻した際に爆撃に遭い、目の前で家族を失ったと聞いたような気がする。
はぁっ、と大きく息を吸い、彼の背中がしなり、目が見開かれる。彼は小刻みに息を吐きながら、ゆっくりと上体を起こし、額の汗を拭い、ちらりとこちらの様子を窺った。
眠っていると思ったのだろう。彼は安堵に似た溜息をつき、背中を丸めて、握り締めていた桃色の携帯電話を胸元に押し付ける。その、とても悲しい祈りの姿は、時々、自分の過去の姿と重なる。実験服に身を包み、硬いベッドの上で泣いてばかりだった、かすかな記憶の中の姿と──
シンは再びベッドに横たわり、こちらに背中を向け、身体を丸めて眠る。
しばらくして、彼は、静かな寝息を立てはじめた。レイは耳を欹てて、その微かな響きを確認し、そっと目を閉じた。
感情の起伏が激しい彼は、いつも誰かと諍いを起こしていた。
己の内に収めきれない苛立ちを、周囲に撒き散らす。怒りに満ちた彼の姿は、同時に、子供のように泣き喚いているようにも見える。
鬱陶しいと、疎ましく思っていたけれど、激しい感情を躊躇なく解き放つことができる彼が、少しだけ羨ましくもある。レイは、制服のポケットの中に忍ばせたピルケースを、布越しにそっと撫でた。
怒りと嘆きに満ちた心──表に出すか、内に秘めるかの違いこそあれ、彼と自分の内面は、とても似通っているのかも知れない。
講義を終えて寮へ戻り、食事とシャワーを済ませて消灯時間を待つ。
お互いに一言も会話を交わすことなく、机に向かい、テキストと睨み合う。30分も経たないうちに集中力を切らした彼は、やはり無言のまま、ベッドにごろりと横たわる。
消灯5分前、ベッドの上のシンをちらりと見ると、携帯電話を握った手を胸元にあて、眉根を寄せて、決して安らかではない眠りについていた。
室内の照明が消え、入口付近の常夜灯がほの白く光る。
レイはテキストを閉じ、常夜灯の光を頼りにベッドへ向かった。
ベッドの端に腰を下ろし、眠る彼の影をぼんやりと眺める。
薄闇に慣れていく目を細め、ベッドに横たわろうとしたその時、シンの頭が微かに揺れた。
彼の呼吸が、少しずつ速くなっていく。薄く開いた唇の隙間から、呻き声が洩れる。レイは眉根を寄せて、魘されるシンの影を見つめた。
まだ幼かった頃、時々、悪夢に魘され、泣きながら目を覚ますことがあった。
そんな時は、いつも、ラウが傍にいてくれた。逞しい腕で小さな体を包み込み、髪を撫でて、低く、優しい声で大丈夫だと言ってくれた。そして、ラウの腕の中で安心しきって、再び、安らかな眠りにつくことができた。
ラウがしてくれたのと同じことを彼にしたら、短気で喧嘩っ早い彼は、子供扱いするなと怒りだすかも知れない。それでも──
レイは、冷えた床に足をつけ、魘されるシンの傍へ歩み寄る。 ベッドの端に腰を下ろして身を捩り、彼に覆い被さるように身体を沈め、左腕をシンの首と枕の隙間に差し入れ、肘で上体を支えて、涙で濡れた彼の頬を右手の掌で包み込むようにそっと撫でた。
びくりと身体を震わせて覚醒したシンは、目を大きく見開く。
「大丈夫だ……シン」
潤んだ赤い目を見つめながら、レイは囁く。頬に触れていた手を首の後ろへ回し、髪を撫で、小刻みに震える身体を引き寄せる。
「大丈夫だ……大丈夫」
彼の耳元で、馬鹿みたいに同じ言葉を繰り返し、大きく上下する肩から背中を優しく撫でさすった。
シンは、レイの首筋に顔を埋めて深く息を吐く。背中に回された彼の腕に少しずつ力がこもり、首筋が生温かい雫で濡れた。
縋り付き、すすり泣く彼の身体をしっかりと抱き締めて、遠い昔に、とても好きだった人が、恐怖に震える幼い子供を安心させてくれた言葉を、何度も何度も繰り返す。
すすり泣きはやがて、激しいものへと変わっていく。慟哭する彼の背中を、泣き止むまでずっと、優しくさすり続けた。
泣き疲れて眠りに落ちたシンから、そっと身体を離す。弛緩した彼の身体の下敷きになっているブランケットを慎重に引き抜き、肩まで覆うように掛けた。
「今度こそ、良い夢を……シン」
肩に触れながら呟き、レイはゆっくりと立ち上がって、自分のベッドへ戻り、身体を横たえる。目を細め、一定のリズムで上下するシンの胸元の影を確認して、レイは目を閉じた。
朝、お互いに、相変わらず無言のまま、身支度を整える。
視界の隅に、そわそわとした様子でこちらを窺うシンの姿が映り、レイは顔を向けた。
「レイ…──昨夜は、ありがと……でも、男同士でアレはないと思うけど」
シンは視線を泳がせながら、呟く。
「すまない……他に、思い浮かばなかった……」
「気になってた?……っつか、眠れなかっんだろ?」
「少し」
「悪い……」
「別に──迷惑だった訳じゃない。気にするな」
言うと、シンは、ひっそりと安堵の表情を浮かべた。
「うん……じゃあ、オレ、先に出るよ」
「ああ」
微かな笑みを浮かべて部屋を出たシンの背中を見送り、レイはそっと息を吐いた。
了[2008/04/15]
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